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募るサマータイム導入検討への疑問


 オリンピックの猛暑対策として、実行委員会 会長の森 喜朗氏がサマータイム導入なんてことを言いだした件について、8/8の投稿で取り上げた。そこでも紹介したように、安倍首相は「内閣としても検討する」とし、「サマータイム導入は国民の評価が高いと聞いている」とも発言したとNHKが報じた(当該記事は既に削除・または非公開になっているが、この台詞で検索すれば当時の放送のスクリーンショットがヒットする)。しかし、自分が知る限り、サマータイム導入に前向きな人よりも、懸念を感じている人の方が確実に多い。それはネット上でもそう思えるし、自分の周りにも前向きな人は殆どいない。自分の周りだけに特殊性がある恐れもあるものの、メディア報道等を見てもその疑いが強いとは思えない。首相は一体誰から何を聞いたのだろうか。それとも彼が「国民」と言っている人達は、世間一般の「国民」の定義とは違う、特定の人達だけのことなのだろうか。


 日経新聞の記事「欧州委員会、サマータイムの廃止提案へ」によると、7月から8月中旬にかけて実施された意見の公募では、寄せられた約460万人の意見の内、84%がサマータイムの廃止を支持したそうで、EUの執行機関である欧州委員会はサマータイムの廃止を提案する方針を決めたそうだ。約40年もの実施歴があるEUにおいて、市民の8割以上が廃止を望んでいるという調査結果が出ており、ロシアなどは既に廃止、日本でも過去に数年で廃止になったことを勘案すると、首相の言う「国民の評価が高い」なんて話が一体どこから出てきたのか強く疑問に思うし、過半数に満たなかったとしても、万が一日本人の中にある程度高評価する人たちがいたとして、40年の実体験による評価と殆ど経験がない者の評価のどちらに説得力があるかと言えば、確実に前者だろう。勿論、欧州の調査結果が出たのは首相の発言からおよそ1か月後のことだから、調査結果を無視した発言とは言えないが、少なくとも彼は現状把握が出来ていなかった、もしくは見通すことが出来なかったとは言えるのではないか。

 そもそも猛暑対策の為にサマータイム導入なんて話が乱暴すぎる。時間を2時間前倒しすれば朝は涼しくなるが、その分夕方は暑い時間帯にスライドすることになる。多くの人が指摘するように、オリンピックの為の暑さ対策なら、競技時間だけを比較的暑くない時間帯に移せばいい。例えばモータースポーツ競技は、一部放送時間の都合に合わせたナイトレースも存在するが、基本的には長時間の耐久競技を除いて概ね明るい日中に競技を行う。それは視界が確保できなければ事故の危険を伴うことになるし、事故への懸念が高まれば本来の性能を発揮させられなくなるからだろう。しかし近年、中東・カタールでも国際的なレースが行われるようになったが、カタール戦では日中の猛烈な暑さを避ける為、日没後にレースを行うことが多い。これが可能なのは、カタールが資源産出国であり、広大なサーキットを照らす設備への投資や、照明にかかるエネルギーを賄う余裕があるからでもあるが、日本でだってスタジアム規模の競技なら照明を使って夜に競技を行っているし、暑さ対策の為にサマータイムなんて話は滑稽だ。なぜオリンピックの為、しかも合理性が高いとは言えない話に全国民が付き合わされなくてはならないのだろうか。

 また、サマータイムのメリットとして言われていることが、安易な、若しくは短絡的な発想である場合が多いことも気にかかる。その一つに「終業時間後の明るい時間が増えるから、プライベートの時間が充実してリフレッシュできる」という話がある。サマータイムによって1日が24時間から26時間に2時間増え、労働時間が今と変わらないなら、そのような効果も期待できるかもしれないが、終業時間が2時間前倒しになる分、翌日の始業時間も2時間早まる、要するに単に時間がズレるだけであって、仕事と仕事の間のインターバルは変わらない。寝る時間・休む時間は変わらないので、プライベートの時間が充実すれば、確実にその分寝る時間・休む時間は減るだろう。寝る時間を削ってプライベートが充実するか?リフレッシュするか?といえば自分にはそうは思えない。若い人の一部になら該当する人もいるだろうが、効果は限定的だろう。
 確かにスポーツや趣味の土いじり等に積極的に取り組んでいる人にとっては、終業後の明るい時間帯が増えれば、その分に当てられる時間が増えるかもしれない。しかしサマータイム導入の根拠が暑さ対策なのであれば、終業の時間帯が現在の3-4時頃に相当するまだまだ暑い時間帯になったところで、屋外での活動は推奨できないだろう。明るい時間帯の余暇が増えたても暑すぎて屋外活動に適さないのであれば、プライベートの充実に繋がるとは思えない。そのような観点で考えれば、時間を2時間前倒しするのではなく、2時間遅らせて朝の涼しい時間帯をよりプライベートにあてやすくした方がよさそうだ。

 森氏はサマータイム導入に関して「続けば五輪のレガシーになる」などと述べたそうだが(毎日新聞の社説「サマータイム議論 「五輪のため」は短兵急だ」)全然レガシーになるとは思えない。IT業界ではレガシーと言えば、レガシーデバイス等、新規格にとって代わられ、古くてあまり使われなくなったがサポートを止めると問題が出てしまうような規格などを指し、”負の遺産”のイメージが強い。勿論レガシーという言葉にはネガティブなニュアンスだけでなくポジティブなニュアンスもあるのだが、昨今何かにつけて「レガシー」と言っておけば同意が得られるというような安易な用法が目立つように思う。殊にサマータイムに関しては、万が一本当に導入されたら負の遺産になるとしか思えない。そのようにすら解釈できる発言を森氏がしていることは、とても皮肉である。
 政府にオリンピックの為のサマータイム導入なんて何周も周回遅れの検討をする暇があるのなら、もっと他に取り組むべきことが多くあるのではないだろうか。個人的には、政府が国民ではなく、オリンピックの大口スポンサーであるアメリカの放送業界の方を向いているようにしか思えない。オリンピックをやる事自体にはそれほど反対するつもりはないが、予算や「アンダーコントロール」発言等、欺瞞に満ちた招致活動を見ていたら反対したくもなる。ボランティアやメダル用の金属供出など、賛同する人が協力することに異論はないが、サマータイムのように共感しない人まで巻き込むようであれば、サマータイムだけでなくオリンピック自体にも反対したくもなってくる。

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