フリーアナウンサーの佐々木 真奈美さんが書いた記事「アメリカの“田舎”と“都会”で暮らした私が見た今回の中間選挙」を、11.9にハフポストが掲載した。彼女は中間選挙投票日の夜に、マンハッタンで行われたある選挙速報ウォッチイベントに行ったが、途中でそのイベントが民主党支持者らの集まりであることに気付いたそうだ。彼女は今回の選挙に関して、
色々なアメリカ国民の意見を知りたいとの思いから、どちらかの党の支持者だけしかいないようなイベントには参加したくないなぁと思い、なるべく公平な雰囲気が感じられたイベントに参加したつもりだった。ようで、 参加すべきイベントを選び間違ったと思ったそうだが、マンハッタンはリベラル派・民主党支持者が多く、彼女の望むようなイベントを探し出すことすら難しく、「自由の国アメリカ」で、自由を奪われたと感じた」そうだ。
また、以前トランプ氏が米朝会談を行った事を肯定的に捉える発言をした際に「あなた気をつけた方がいいわよ、そんなこと言っていたら誰かに後ろから刺されるわよ!」と言われた事にも触れている。ただ、記事の見出しにもあるように、彼女はトランプ支持者の方が多い地域での経験にも触れ、そちらでは民主党に肯定的な発言や、トランプに対する否定的な発言をし難い風潮があるという事も指摘している。つまり彼女は「アメリカで分断が広がっている」と言いたいのだろう。
彼女は記事の最後で
住む地域によって支持政党が分かれ、他の意見を許さないような環境がある事実としている。彼女は中立的立場でそのような見解を示したつもりなのだろうが、自分には、実際は中立的とは言えないのではないかと思える。
確かに、トランプ大統領が就任して以降(経済政策の布石はオバマ政権時代に打たれていたという視点もあるだろうが)、アメリカ経済は堅調、堅調というよりかなり好調にも見える。またこれまで実現しなかった米朝会談を実現するなど、肯定的に捉えられる側面が全くない訳ではない。
しかし、11/8の投稿でも触れたように、彼は移民受け入れを求めてアメリカを目指す集団を根拠もなく「犯罪者」とか「アラブのテロリストが紛れ込んでいる」などと言ってみたり、移民受け入れに共和党よりは寛容な姿勢を示す民主党については、「民主党は我が国を犯罪者の天国にしようとしている」なんてことも言っている。これまでにも「イスラム教徒の入国を全面的に禁止する意向」を示して大きな反発を受けたり、女性に対する蔑視が強く疑われるような発言も度々しているし、白人至上主義者が反差別を訴える人に自動車で突っ込んで死傷者が出た件についても、白人至上主義を明確に否定しなかったり、トランプ氏には人種・民族差別的な傾向、偏見を厭わない傾向が確実にある。
つまり、彼にいくら良い部分があろうと、差別・偏見を厭わない人物という時点で大統領に相応しいとは言えない。共和党・トランプ支持者の中にも、白人至上主義や民族差別を支持していない人達もいるだろうが、そのような人達が重視しているのは概ね経済的な部分で、それを重視してのトランプ支持だろう。自分が疑問を感じるのは、経済的には好ましければ、差別や偏見を厭わない態度には目をつぶれてしまうものだろうか、要するに経済・自分たちの利益の為なら多少の犠牲は仕方ないという事なのだろうか、ということだ。アメリカ・ファーストのアメリカとは一体何を指しているのか。アメリカ全体でなく「自分ファースト、他者軽視」という事なのだろうか、という疑問を、彼女は感じないのだろうか。感じないのだとしたら、トランプ支持の強い地域での生活経験によって彼女の感覚が鈍っているとしか思えない。
彼女は
多様性を訴えているはずの民主党支持者も、共和党支持者を尊重しないという矛盾を抱えているのが今のアメリカであると思っているように見える。 しかし、民主党支持・トランプ不支持の人達が何故共和党支持者を尊重できないのかと言えば、彼らがトランプ氏の差別・偏見を厭わない姿勢から目を背けている、若しくは積極的か消極的かは別として肯定しているからだろう。彼女は「他の意見を許さないような環境」と言っているが、差別・偏見を許さない・黙認させない環境は寧ろ好ましいのではないか。「多様性を否定する主張も、多様性の1つとして認めるべきだ」のような矛盾する主張を彼女がしているように思える。
彼女は「自由の国アメリカ」で、自由を奪われたと感じた」と言っているが、アメリカが自由の国でも差別する自由や偏見を持つ自由などない。彼女は自由と無秩序を混同しているようにすら思える。
トランプ大統領は、これまでにもしばしば自分に批判的なメディアを「フェイクニュース」と呼んできた。その傾向は日増しに強まっているようにすら思える。CNNは彼がそう呼ぶメディアの筆頭だ。中間選挙翌日の記者会見で、CNNの記者が質問に立ち、トランプ氏の移民に対する偏見について指摘したところ、この記者に対して
「私に国を運営させて欲しい。あなた方はCNNを運営する。うまくやれば視聴率が上がる。もう十分だ」と述べた。(ハフポスト/朝日新聞の記事)。記者が食い下がりロシア疑惑に関する質問を続けようとすると、
「CNNはアコスタ記者を雇っていることを恥ずべきだ。あなたは無礼だ。ひどい人間だ。CNNで働くべきではない」「どうか座って下さい。フェイクニュースを報道するなら、国民の敵だ」と罵声を浴びせた。ここで注目すべきは、トランプ氏がCNNや記者をフェイクニュースと呼び「国民の敵」とまで言ってのけた事だ。
記者がロシア疑惑に関する質問を続けようとした際に、ホワイトハウスのインターンの女性がマイクを強引に奪おうとしたのだが、ホワイトハウス側は、その際に記者がインターン女性の手をはねのけるという暴力をふるったとして、記者からホワイトハウスの入構証を取り上げる処分を行った。これについてホワイトハウスのサンダース報道官は、暴力的だという部分の映像をツイートしたのだが、
We stand by our decision to revoke this individual’s hard pass. We will not tolerate the inappropriate behavior clearly documented in this video. pic.twitter.com/T8X1Ng912y— Sarah Sanders (@PressSec) 2018年11月8日
このムービーに、記者が暴力的に見えるような映像の速度調整が行われている疑惑が持ち上がっている(朝日新聞の記事)。既に検証動画もあちらこちらで投稿されており、十中八九何らかの加工がされている事に間違いはなさそうだ。
何よりもまず、記者の行為が暴力的か、入構証を取り上げるに値する不当な行為かと言えばそんな風には思えない。更に、そのような話の正当性を過剰に印象付ける為に、サンダース報道官が加工されたムービーを投稿したのなら、彼女こそまさにフェイクユースの投稿者だろう。彼女はホワイトハウスの報道官なので、ホワイトハウスがフェイクニュースを広げようとしているとも言えそうだ。フェイクニュースが国民の敵ならば、ホワイトハウス自体が国民の敵という事になりそうだが、トランプ氏は果たしてそれを認める事が出来るだろうか。
そもそも、サンダース報道官の投稿がフェイクニュースか否かなんて話を抜きにしても、大統領と異なる見解を示すと「国民の敵」と罵られ、挙句の果てホワイトハウスの取材から排除されるなんて事態は、これこそ国家権力による言論弾圧が強く懸念される典型例だ。
このような状況を勘案すれば、佐々木 真奈美さんの「住む地域によって支持政党が分かれ、他の意見を許さないような環境がある事実」に関して、他の意見を許さないような存在は一体誰なのかという点で、彼女の視点には大きな欠落があると言えそうだ。他の意見を許さない傾向が強いのは大統領がその筆頭であり、彼を支持することも他の意見を許さない傾向の肯定になっている。彼女の言っていることは、「「他の意見を許さない」という意見も許される環境にすべきだ」のような、矛盾以外の何ものでもない話ではないだろうか。
彼女がフリーアナウンサーという、ジャーナリズムの一端を担うような肩書を標榜するのならば、もう少し視野を広く持つべきだろう。