5/24公開予定の映画「空母いぶき」に関する、5/10発売のビックコミック(原作マンガの連載誌)のインタビュー記事の中で、俳優の佐藤 浩市さんが自身が演じる総理大臣役について語った。その内容が主にSNS上で注目を浴びている。「いわゆる体制側の立場を演じることに対する抵抗感が、まだ僕らの世代の役者には残ってるんですね」と述べたことや、「垂水総理(役名)はストレスに弱くて、すぐにお腹を下してしまう」という設定を制作側に提案したと話していることについて、「潰瘍性大腸炎を患う安倍総理を揶揄しているのではないか」との批判がある。中には批判とは言えない中傷まがいの主張まである。
メディアでのこの件の扱いは明らかに芸能ゴシップだ。大雑把に検索してみただけだが、この件に関する全国紙の記事はほぼゼロ、テレビでも各社のニュースサイトでは取り上げらた形跡がない。ワイドショーでは一部で取り上げらたようだが、取り上げた番組はそれ程多くはなさそうだ。この件を取り上げているのは主にスポーツ新聞や週刊誌で、取り上げているメディアは、殆どが「佐藤 浩市、炎上」というニュアンスで書いている。炎上と表現すると、あたかも佐藤さんが何かマズいことを口にして批判や中傷が集まったかのように感じられるが、そのニュアンスを振りまくことは果たして適切だろうか。
この投稿を書くにあたって、検索して目に付いた記事は、
- 佐藤浩市、私生活では「政権批判」も……『空母いぶき』インタビューに「安倍批判」の意図ナシ?(サイゾーウーマン)
- 百田尚樹氏、佐藤浩市に自身の原作映画への“出禁”を通告 安倍首相への“揶揄”発言に激怒(デイリースポーツ)
- ホリエモン「佐藤浩市がひどいに決まってんだろ」ツイッターで見解(スポーツ報知)
- 太田光、百田氏らの佐藤浩市批判「安倍さんも迷惑」(日刊スポーツ)
- ラサール石井 百田尚樹氏に猛反論「佐藤浩市氏のどこが三流なのか。何様?」(東京スポーツ)
- 佐藤浩市「空母いぶき」“役作り”へ非難殺到は文化の未熟さ(日刊ゲンダイ)
- ちゃんとインタビュー記事を読んだ? 佐藤浩市「お腹下す総理」にネット炎上、怒っている人は読解力が低い( J-CASTテレビウォッチ)
余談ではあるが、この件に関する記事を漁ってみて、スポーツ新聞や芸能ゴシップ記事の質の低下が強く感じられた。これらの記事の中で、記者の視点が少なからず含まれていると言えるのは、サイゾーウーマンと日刊ゲンダイの記事だけだ。他の記事は著名人のSNS投稿か、ラジオ・テレビ番組での発言を引用したに過ぎない。というか、記事全体と引用に当たる部分の割合を考えると転載と言えるのではないか。当該記事作成にあたって発言者や番組等に許可を取っていれば問題のない転載だろうが、許可を得ていない場合は無断転載に当たる恐れもある。やっていることは所謂まとめサイトと同レベルだ。
主要なSNSの一つ・ツイッターにリツイートという引用機能があり、というかそもそもインターネットの根幹をなす機能”リンク”も、引用を促進する為の機能でもある。果たして、著名人のSNS上・番組上での発言を転載しただけの記事の違法性を問えるのかという側面もあるが、ただ転載しただけの記事は質の高い記事と言えないことだけは確かだろう。
話をビックコミックに掲載された当該インタビュー記事に戻そう。映画「空母いぶき」や原作コミックは当然フィクション作品であって事実に基づいた作品ではない。佐藤さんが演じる垂水首相も当然架空の人物である。たとえ佐藤さんの中に安倍首相を揶揄する意図があったとしても、彼が演じたのは安倍首相ではない。その役柄にストレスに弱く腹を下しがちと設定したことを、低く評価するレベルの批判までは問題ないだろうが、差別的とか現首相への個人攻撃なんて話が妥当だということになれば、例えば笑点などで演者の落語家などは、映画「空母いぶき」の設定以上に現首相を暗示して揶揄するが、それも問題のある行為という事にもなりかねない。
一体いつから日本では首相は絶対的に不可侵な存在になったのだろうか。それではまるで体制批判をした人が消える中国のようなことになってしいかえない。インタビュー記事に強い拒否感を示している百田氏などはそんな社会を望んでいるのだろうか。
— 百田尚樹 (@hyakutanaoki) 2019年5月12日
「空母いぶき」の原作は素晴らしい!— 百田尚樹 (@hyakutanaoki) 2019年5月12日
しかし映画化では、中国軍が謎の国に変えられているらしい。それだけでも不快だったのに、「下痢する弱い首相にしてくれ」という一役者の要求に、脚本をそう変えたと聞いて、もう絶対に観ないときめた。
そもそも映画の役柄である「下痢をする弱い首相」に安倍氏を見出してしまうということは、その点で佐藤さんを批判している人たちこそが、安倍氏を「腹を下す弱い首相」と認識しているからではないのか。
佐藤さんに批判的な人達は、つまり安倍首相を擁護していることになるだろうが、当の本人は一体どのように思っているのだろう。前述の記事の中で爆笑問題・太田さんが言っているように迷惑だと思っているのか、それとも「擁護してくれてありがとう」と思っているのか。
首相が自身のツイッター公式アカウントへジャニーズ所属のタレント・TOKIOのメンバーらと会食したと投稿したことが、数日前に話題になった(例:毎日新聞の記事「TOKIO写真「SNSいいの?」 安倍首相が私的な会食アップ 賛否飛び交う」)。
TOKIOの皆さんと再会しました。福島 復興のために頑張ってくださっています。話に花が咲き、本当に楽しいひとときを過ごすことができました! pic.twitter.com/bZz67Il6mE— 安倍晋三 (@AbeShinzo) 2019年5月12日
彼自身は佐藤さんに批判が集まっていること、その批判で自分が擁護の対象になっていることをどう受け止めているのかは定かでないが、
安倍首相が佐藤さんへの批判はお門違い、そんな擁護はいい迷惑だと思っているなら、自分のツイッター公式アカウントがあるのだから、そこで何かしらの意思表示をして不毛な話の抑制に努めてもよいのではないか。
SNS上でなくても構わないが、むしろ率先して何かしらの意思表示をすべきだろう。
何故なら彼は、2/10の自民党大会での演説で「悪夢のような民主党政権」と発言したことについて、当該発言の撤回を求められた際に「言論の自由がある。少なくともバラ色の民主党政権でなかったことは、まあ事実なんだろうな、とこういう言わざるを得ないわけであります」と述べている(2/13の投稿)。ならば当然「佐藤さんの主張がもし自分への揶揄だとしても、彼にも言論の自由がある」と言うべきではないのか。
今の日本の首相はそんなことも出来ない程度の器でしかない。彼にとって言論の自由とは、自分や自分側の人間の為にある権利という認識なのかもしれない。