昨日の投稿も「問題解消の糸口がまだまだ見えない高齢ドライバーが起こす交通事故の問題」に関連する内容だったが、昨日主に書いたのは、それについてMXテレビ・モーニングクロスが番組で画面に表示した視聴者ツイート
「議論が難しい」といって老人が人を轢く権利が保証されるのはいかがか。という話には、深刻な錯誤、厳密に言えば極端で過剰な表現、嘘が含まれていると言っても過言ではないという指摘と、そのような過激で正確性に著しく欠ける視聴者ツイートをテレビ番組が注釈もせずに取り上げると、どんな影響があるのかについてだった。高齢ドライバーが起こす事故とその対策という、テーマの本質的な部分とは少し離れた話になった。
元々は昨日の投稿に、今日書く話「年齢による免許返納を制度化すべきという主張は妥当か」も盛り込もうと思っていたのだが、前述の点に関して書いている内に文章が長くなってしまい、新たな投稿として別に書くことにした。昨日の投稿でも書いたように、自分は「年齢による免許返納を制度化すべき」という話に全く賛同できない。何故賛同できないのかについてこれから説明する。
直近で話題になった件で言えば、4/19に池袋で起きた親子2人が死亡する交通事故のドライバーは87歳(朝日新聞)だが、5/8に滋賀県・大津市で起きた散歩中の園児2人が死亡した事故では、事故の主な要因になったと見られるクルマのドライバーは52歳(朝日新聞)、そのクルマにぶつかられて直接園児をはねてしまったクルマのドライバーは62歳(朝日新聞)だった。また、事故にならなかったのは不幸中の幸いだが、5/16に北海道でスピード違反取り締まりを逃れる為に国道を逆走した男は53歳(朝日新聞)だ。
内閣府の資料によれば、高齢ドライバーによる事故が以前よりも増えているのは事実のようだが、その理由の一つには単純に高齢者の人口増加(総務省統計局)もあるだろう。交通事故数も交通事故による死者数も全数は年々減少傾向にある(レスポンス)。高齢ドライバーが起こす事故に問題は全然ないと言うつもりはないし、報じる必要もないと言う気もないが、少々メディアが過剰に問題の深刻さを煽り過ぎている面があるように思う。そんな報道に煽られ、まるで高齢者を邪魔者扱いするかのように「姥捨て山」的な感覚で、「年齢による免許返納を制度化すべき」と短絡的に主張している者が、特にSNS上には少なくないのではないかと、自分には感じられる。
「年齢による免許返納を制度化すべき」は短絡的というのは少々言い過ぎなのではないか、 と感じる者もいるだろう。しかし一旦冷静になって考えてみて欲しい。自動車の任意保険に加入する際に最も保険料が高くなる年齢層はどの層だろうか。誰もが知っているように20歳以下が運転できる条件で契約する保険料が最も割高になる(「年齢条件」とは | 自動車保険の三井ダイレクト損保)。つまり、若年層が起こす事故率というのは、近年に限らず以前から一貫して高い。2017年の警察庁の資料を見ても、16-19歳が起こす事故の割合は他の年齢層に比べて圧倒的に多い。
つまり、「高齢ドライバーの交通事故が深刻だ」にも間違いはないが、「高齢ドライバーによる交通事故が深刻化する以前から若年ドライバーによる交通事故は深刻で、しかも抜本的な解決策は施行されていない」のもまた事実だろう。
高齢ドライバーの事故件数が増加しているという理由で、ある年齢での強制的な免許返納を検討する必要があるなら、現在16歳から取得できる2輪免許や18歳から取得できる普通免許の取得年齢を20歳以上、20代でも他の世代に比べて事故率が高い事を勘案すれば30歳以上にすることも検討する必要性がある。高齢ドライバーの事故が深刻視される以前から確実に、若年ドライバーによる事故は深刻だったのに、これまでそんな検討がなされたことがあっただろうか、そんな主張が高まったことがあったか。そんなことはこれまで概ねなかった。だから最近一部で「年齢による免許返納を制度化すべき」なんて主張が盛り上がっているのを見ると、問題の一面だけを過剰に強調した報道に煽られて、感情的で短絡的な主張がされているように思えてならないのだ。
勿論、事故で命を落とす者は確実に減らさねばならないので、若年ドライバーの起こす事故率・その対応との比較とは別に、増加傾向にある高齢ドライバーの事故には何らかの対策をせねばならないことには違いない。しかしそれでも、ある年齢で一律免許返納という案はあまりにも乱暴で全く同意できない。
若年ドライバーの起こす事故は、以前から一貫して他の年齢層と比べて高いにもかかわらず、何故免許取得年齢の引き上げが検討されてこなかったかと言えば、様々な理由があるのだろうが、その一つには経済などに与える影響もあるからだろう。2輪免許や普通免許が必須の職業は決して少なくない。運送業はその最たる例だし、農業や林業等の1次産業もその傾向が明らかに高い。営業系の職種に関しても、公共交通機関の発達した都市部は別として、それ以外の地域では不可欠とも言えるだろう。そもそも仕事に限らずクルマがないと生活が成り立たない地域も多い。
しかも昨今は人手不足の深刻さが叫ばれており、特に運送業などはその筆頭で、一部免許取得年齢の引き下げすら検討されている。
- バス・トラック免許、受験年齢の下限引き下げ検討(日経新聞)
- バス・タクシー免許、年齢制限の引き下げ検討(読売新聞)
「年齢による免許返納を制度化すべき」という短絡的な主張をしている人達は、日本の農業従事者の年齢層を果たして知っているだろうか。農水省の資料によれば、日本の農業就業者の平均年齢は66.8歳だ。65歳以上が半数を超えている。農業をするにはほぼ確実に運転免許は不可欠だが、年齢でそれを制限するとなれば、日本の多くの農家は廃業せざるを得なくなるだろう。日本の食料自給率は先進国の中でも最低レベル(農水省)で以前から問題視されている。にもかかわらず、更にそれを低下させるような恐れのある施策に果たして妥当性があると言えるだろうか。
高齢ドライバーがそれでも運転せざるを得ない理由はいくつもある。その背景には、インフラ整備や過疎化対策、少子化対策を疎かにしてきたことのツケもある。そして、誰もが将来的に高齢者になることも忘れてはならない。何度も言うように、高齢ドライバーの事故に何かしら対策をせねばならないのは事実だが、それでも「年齢による免許返納を制度化すべき」というのはあまりにも乱暴な話で、合理性があるとは到底言い難い。