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批判と誹謗中傷の区別がつかない人


 #KuToo とは「職場でのヒール・パンプスの強制をなくしたい!」という訴え・問題提起を表すハッシュタグである。グラビアアイドル/ライターの石川 優美さんが、今年・2019年1月に始めたキャンペーンで、彼女は葬儀の案内のアルバイトをしており、ルールとしてヒールのあるパンプスを履くように決められており、仕事をする上で動きづらい・走れない・足が痛くなるだけでなく、人によっては外反母趾になる、足から血が出る、靴擦れ、腰に負担がくるなど様々な健康被害があることから、このルールを理不尽に思い、社会全般の風潮を変えたいと考えたそうだ。
 #KuToo というハッシュタグは、靴(くつ)・苦痛(くつう)や、反セクハラムーブメントのハッシュタグ・#MeToo を組み合わせて、石川さんではなく別の賛同者によって考え出されたのだそう。


 イギリスのBBCが選ぶ世界の人々に影響を与えた「100人の女性」に、#KuToo の呼びかけが評価され石川さんが選ばれたと、「石川優実さん「100人の女性」に選出。#KuToo を呼びかけて2万人分の署名を集めたことをBBCが評価 | ハフポスト」は伝えている。

 

 BBCはイギリスの公共放送局で、イギリスでも同様のムーブメントが起きているらしい(職場でハイヒール強要は違法にすべき? 英国下院で審議へ | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト)。また、職場におけるヒールの強制を禁止している国や州も既にあるのだそう。


 ハフポストの記事を見て、自分は次のようにツイートした。
 BBCが選んだから凄いってわけでもないが、彼女を誹謗中傷している人達も、少しは行為の恥ずかしさを認識してくれるかも。そんな感覚があればそもそも中傷などしないか…。
なぜこんなツイートをしたのかと言うと、当該キャンペーンが始まって以来彼女のツイッターアカウントをフォローしているのだが、頻繁に彼女が誹謗中傷とやり合っている様子がタイムラインに流れてくるからだ。彼女への誹謗中傷については、ハフポストも「#KuToo呼びかけの石川優実さんに飛び交う理不尽なバッシング。当人が思い語る」という見出しで6月に記事化している。彼女のツイートも賛同出来ない内容である場合もあるにはあるが、そんなのは当然のことだし、だから誹謗中傷してよいということには絶対ならない。

 前述のツイートは石川さん本人がリツイートしてくれたこともあって、いくつかの反応が寄せられた。殆どは「いいね」やリツイートだったが、リプライを寄せた人もいて、その内容は


だった。自分がツイートしたのは「彼女のことを誹謗中傷している人」に対する思いであって、それに対してこのような反応をしてくるということは、少なからず彼は、自分の彼女に対するツイートが誹謗中傷に当たるかもしれない、という自覚があるということだろう。でなければ「誹謗中傷するなんて酷い奴がいるもんだねー」のような反応になる筈で、私は彼のツイートを指して誹謗中傷とは一言もいっていないのだから、「僕らがしているのは誹謗中傷じゃないんです」なんて言い訳のようなリプライをする必要なんてない。飛んで火にいる夏の虫とはまさにこの事だろう。

 その旨指摘したところ、


という反応が返ってきた。「誹謗中傷しているという自覚があるんでしょ?」というツイートに対しての反応が「はい」なのに、「私は非難している」と言う。つまり彼は、非難・批判と誹謗中傷の区別がついていない、ということになる。
 非難や批判は、自分とは異なる主張などに対する、時には適当ではない内容の場合もあるだろうが、概ね反論と同義であり、それが出来ないとなると議論が成り立たない行為である。一方で誹謗・中傷(合わせて誹謗中傷)・罵倒などは、根拠のない事を言いふらしたり、他人の名誉を傷つける言動のことを指す。名誉毀損が成立しかねず、言い換えれば言葉の暴力のような行為であり、これをやられると議論が成り立たない行為だ。

 この大きな違いを理解しておらず、「誹謗中傷している自覚があるんでしょ?」というツイートに対して「はい、私は非難しています」と答えるということは、「”私は非難している”という体裁で誹謗中傷するタイプなのではないか?」と指摘したところ、今度は


と、誹謗中傷は他人をそしる(誹る・謗る)ことであり、そしるとは非難するという意味だから「私はおかしなことはいっていません」とする引用リツイートをしてきた。しかし、彼が提示した誹謗中傷の説明の中にも「徹底的な悪口」という文言もある。これで「誹謗中傷の自覚がある」ことを正当化しようというのだから質が悪い。厳しく言えば、恣意的な言葉の定義を展開する人とは日本語による意思の疎通は難しい。

 ”話にならない”という旨を伝えると、今度は


と引用リツイートしてきた。「あなたは誹謗中傷を中傷と捉えている」が「自分は違う」というが、自分が提示した誹謗中傷の解説の中にも「単に中傷とも言う」という解説がある。全く勝手な解釈をするものだ。誹謗だけでも、概ね非難や批判ではなく中傷や罵倒と同様の意味合いで用いられる表現だし、 そもそも大元のツイートでは誹謗ではなく「誹謗中傷」としているのに、勝手に中傷を省いて「だからおかしくない」なんて主張は全然受け入れられないし、誹謗中傷はどうやっても正当化できる行為ではない。
 やはり日本語による意思疎通は難しいという判断に間違いはなかったとしか思えず、それ以上返答するのは止めることにした。端的に言って不毛である。


 このやり取りから感じたことは2つある。SNSには誹謗中傷や罵倒が溢れているが、誹謗中傷と批判・反論の違いを理解していない者が多く、中傷や罵倒に及ぶ者は、誹謗中傷しながら「私の主張は反論/批判であり中傷/罵倒ではない」と強引な正当化をしているのだろう、ということともう一つは、10/12の投稿でも書いたように、このような日本語の恣意的な解釈が横行している原因として、安倍首相らを始め、政治家が恣意的/強引な日本語の解釈を頻繁に示すことが強く影響しているのだろうということだ。
 そのような日本語の通じない日本人、議論にならない人というのは、安倍自民党政権になる前から一定数はいたのだろうが、子は親の鏡と言うように、政治家は市民の鏡でもあり、政治家がそんなことを平然とすれば、「それでいいんだ」と思う者が増えるのも当然だろう。卵が先か鶏が先かのような話だが、そんな人が増えたから、安倍氏のような人物が7年も首相でいられる、とも考えられなくもないが、どちらにせよ好ましくない状況が広がっていることに違いはない。


 トップ画像は Stephanie OrtizによるPixabayからの画像 を加工して使用した。

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