エイリアンと聞くと、日本人の多くはリドリー スコット監督のSF映画をまず思い浮かべるだろう。その映画の影響なのか、それともそれ以前からなのかは定かでないが、今では Alien は宇宙人の意で用いられることも多いが、Alien とは本来「よそ者」の意であり、異邦人・在留外国人や、性質の異なる・異質な を意味する単語だ。
多くの人が初めて認識する「よそ者」は、恐らく転校生ではないだろうか。転校生を仲間外れにした/転校生で仲間外れにされた、なんて話をよく耳にする。自分は転校の経験がないが、自分の周りにも「あの転校生気に食わない」と言うような奴はいたし、自分の周りにいた全ての転校生が疎まれていたわけではないし、場合によっては馴染もうという気がそもそもなさそうな転校生もいたが、のけ者にされている、と感じられた転校生も確実にいた。
自分達とは出所が違ったり、バックグラウンドが異なる人をよそ者と捉え、場合によっては「侵略者」のように認識する人というのが確実に存在する。特に在留外国人やそれに準ずる存在を、それだけで嫌悪(実際には「それだけ」という体裁ではなく、何かしらこじつけて嫌悪する)ことは、これまでの歴史の中でもしばしば行われてきた。有色人種を劣等と捉えて嫌悪/差別する白人至上主義や、ナチに代表されるユダヤ人の迫害などはその最たる例である。他にもクルドやウイグル弾圧、ロマやロヒンギャの問題など、その種の話は今でも枚挙に暇がない。
日本も例外ではなく、その種の問題は確実に存在している。同和問題やアイヌ差別もその例だが、現在最も、というか現在”でも”最も深刻なのが在日コリアン差別だ。直近では、川崎市にある多文化交流施設・川崎市ふれあい館に、「謹賀新年 在日韓国朝鮮人をこの世から抹殺しよう。生き残りがいたら残酷に殺して行こう」と書かれた年賀状が届いたことが問題となっている(「年賀状」で在日コリアン殺害を宣言。川崎で起きたヘイトクライム 、対策求め署名はじまる BuzzFeed Japan)。
この年賀状は恐らくどこかの内弁慶による単なる嫌がらせなのだろうが、民族性を理由に抹殺しようだなんて、ナチのユダヤ人虐殺と全く同じ発想だ。全然冗談で済むような話ではない。しかも、同館の利用者が前年に比べて減少するなどの実害も生じているようだし(脅迫はがきの影響か 川崎市ふれあい館で利用者が減少 | 時代の正体 | カナロコ by 神奈川新聞)、相模原の障害者施設で起きた大量殺人事件や、京都アニメーションの放火事件を勘案すれば、根拠もなく「嫌がらせだろうから無視すればいい」とも言えない。
この件に対して、モデルの水原 希子さんが「人種差別、在日コリアンに対してのヘイトが一刻も早くなくなりますように」と意思表示したことが注目されている。
例えば「「モデルは物じゃない」水原希子が撮影の無理強いを告白 BuzzFeed Japan」や「本当のこと言えてる? 水原希子の「ブレない」発信の強さは、こうして磨かれた | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)」などにも書かれているように、彼女はこれまでにも人権侵害が疑われる事案に対して意思表示をしてきたが、この脅迫年賀状の件に彼女が触れた背景には、彼女の母が在日コリアンであることや、彼女自身もその影響で差別に晒されてきた(2017年9/18の投稿)ことなどもありそうだ。
ある意味で水原さんは、在日コリアン差別を受けた/受けている当事者である。彼女以外に意思表示をしている著名人が全くいないわけではないだろうが、彼女に注目が集まる一方で、それ以外は殆ど取り沙汰されないのは事実であり、つまり多くの著名人はこの件をスルーしている、と言っても過言ではないだろう。
日本で最も著名な人物とは誰か。それを一人に断定することは難しいが、内閣総理大臣がその最右翼であることは誰の目にも明らかだ。ナチのユダヤ人虐殺と全く同じ発想の脅迫行為が行われたことを考えれば、首相がそれに対して毅然とNoを突き付けて然るべきだと自分は考えるが、日本の現首相、もしくは政府として、そのような意思表示が明確に行われたとは言い難い。この投稿を書いている時点では「安倍 川崎」で検索しても、その形跡は一切見当たらない。
一方で、川崎市長は明確に当該行為を「こういった脅迫は決して許されるものではない」と非難し、川崎市として被害届を出す方針を明らかにした(「脅迫は許されない」在日コリアン殺害宣言の年賀状、市長が非難。被害届提出へ BuzzFeed Japan)。「川崎の問題だから川崎市長が対応すればそれで充分」と考える人もいるかもしれないが、年賀状が投函された地域は定かでないし、同種の主張はSNSなどでも多く見られる為、決して川崎だけの問題とは言えない。
今年は東京でオリンピックが開催される。平和の祭典と呼ばれる競技会を開催する国のトップが、ナチのユダヤ人虐殺と全く同じ発想の脅迫行為が行われたことに対して、明確にNoと言わない。そんな消極的な態度で本当に大丈夫なのだろうか。もしかしたら今後安倍氏が何らかの意思表示をする可能性もある。しかし彼は、自分が総裁を務める与党・自民党と連携し、武漢を中心に流行している肺炎に対してはかなり迅速に対応している(新型肺炎、指定感染症に指定へ 安倍首相が国会で答弁:朝日新聞デジタル)。つまり彼は、民族差別に対しては、今のところ殆ど対応していないし、もし今後対応したとしても、明らかに対応が緩慢と言わざるを得ない。安倍氏にとって民族差別はそれ程深刻な問題ではないのだろう。
クーリエ ジャポンは昨日「ホロコースト博物館館長が“ファシズムの前兆”に警鐘を鳴らす | 「ナチスは、1933年1月に突然、空から降ってきたわけではない」 | クーリエ・ジャポン」という記事を掲載した。
見出しにもあるように、この記事の中で、ワシントンにあるホロコースト記念博物館館長サラ ブルームフィールドさんは、
ナチスは降ってわいたのではない。大量虐殺には前兆があるし、ごく普通の人が残虐行為に手を染める可能性があると言っている。
また、BBCも昨日「オランダ首相、ナチス虐殺で初めて謝罪 ユダヤ人保護せず」という記事を掲載した。オランダのマルク ルッテ首相が、第2次世界大戦中にナチからユダヤ人を守らなかったとして、オランダの首相として初めて謝罪した、という内容だ。オランダでは約14万人のユダヤ人が暮らしていたが、第2次世界大戦中にナチとオランダ人協力者によって、およそ75%が殺害された。
日本でも関東大震災の際に、朝鮮半島出身者が虐殺された過去がある。そのことや、ヨーロッパの国々で、ナチからユダヤ人を保護しなかった所為で、多くのユダヤ人が虐殺された歴史を勘案すれば、国内でナチのユダヤ人虐殺と全く同じ発想の脅迫行為が行われたならば、首相が断固とした態度を示すのは、必要と言うよりも、当然というレベルのことではないだろうか。
ナチスは、1933年1月に突然、空から降ってきたわけではない
という、ホロコースト記念博物館館長の言葉を、誰もがもう一度よく噛みしめて考えるべきだ。トップ画像は、Photo by Ai Takeda on Unsplash を加工して使用した。