スケープゴート。古代ユダヤ教において贖罪のために野に放たれた山羊のこと。生贄の意味もある言葉だ。現在は主に、民衆の不満や怒りの解消の為に、いわれのない攻撃の標的とされてしまう者・集団・民族などのことを指す。第一次世界大戦の敗戦や世界恐慌などによって高まっていたドイツ国民の不満の矛先を、ナチがユダヤ人へ責任転嫁して向かわせ、憎悪を煽り、それによって政治的な基盤を確立したことは典型的なスケープゴートの例だ。ナチはしかも実際に虐殺まで行った。
今日は朝からイライラが止まらなかった。何故なら、先週末大阪府が自粛要請に応じないパチンコ店の店名を公表したからか(4/25の投稿)、朝7時台から8時台に放送している情報番組・ワイドショーはほぼ漏れなく、それを取り上げ、またパチンコ店以外の自粛に応じない例も複数示して、あたかも「自粛しない奴らはけしからん」というニュアンスで伝えていた。中にはそう明確には表現していない番組もあったが、結局のところ、明確な表現を用いていなくてもそう言いたげな雰囲気がヒシヒシと感じられた。
前にも書いたかもしれないが、「自粛」とは自ら進んで行為などを慎むことであり、誰かに慎むように強制されるのは「自粛」ではない。また「要請」とはあくまでもお願いであり、要請する側が脅しをかけるなどして、そうせざるを得ない状況に追い込むことは、間違いなく「要請」ではない。それは実質的な「強制」、実際には「脅迫」である。
つまり、「自粛要請に応じない者はけしからん、見せしめにされて当然」という態度をあからさまに示せば、行われているのは最早自粛でも要請でもなくなる。そのような場合の「自粛要請」という表現は間違いなく詭弁だ。
店名公表パチンコ店に大行列 京都は観光客減で閑散
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため全国的に外出自粛が呼び掛けられているなか、休業要請に応じず店名が公表された大阪のパチンコ店には数百人が列を作りました。昨日・4/26の昼のニュースでテレビ朝日はこんな風に伝えている。事前に危惧されていた通り、店名を公表しても来店客は減っていない。こんなニュースの為にわざわざヘリまで飛ばすテレビ朝日のバランス感覚は一体どうなっているのだろうか。このニュースからは「けしからん」というニュアンスは感じられないが、同じ映像を使って今朝の情報番組/ワイドショーでは明らかに「けしからん」という空気を演出していた。自分には「こんな奴らがいるぞ!石を投げろ!」と言っているようにさえ見えた。だからイライラが止まらなかった。
読売新聞は同じく昨日、
「中傷の電話相次いだ」大阪府公表のパチンコ店、新たに1店舗休業 : 国内 : ニュース : 読売新聞オンライン
府によると、新たに休業したのは枚方市の「ベガス1700枚方店」。26日午前11時頃、府職員が店舗を訪れて、休業していることを確認した。店舗側は府に対し、「営業を続けていることに対し、誹謗中傷する電話が相次いだ」と説明したという。と伝えた。大阪府が店名を公表したことによって、公表されたパチンコ店に誹謗中傷の電話が相次いだということは、誹謗中傷の電話を大阪府がけしかけたということだ。平時なら明らかに営業妨害になる行為を自治体がけしかけているなんて、正気の沙汰ではない。「緊急時なのだから仕方がない」と言う者もいるようだが、現在なされているのはあくまでも「自粛の要請」であり、応じるか否かは任意でしかない。
しかも、既に自粛せずに営業を続ける飲食店や小売業に対する破壊行為等の暴力沙汰が現実のものになっている。昨年のあいちトリエンナーレのように、放火予告などがされたら、更にエスカレートして実際に放火や破壊などの暴力沙汰にことが及んだら、行政は一体どうするつもりなのだろうか。
更に言えば、行政だけでなくメディアもそんな行為をけしかけている側だ。責めるべきは「自粛の要請」に応じない個人や私企業ではなく、自粛をするのに充分な補償や支援を講じない行政ではないのか。だから今もイライラが止まらない。
この行政やメディアが要請に応じない個人や私企業に対して「けしからん輩がここにいるぞ!」と、石を投げろと言わんばかりにけしかける様子は、まさに10代のいじめそのものだ。
主演俳優の振舞いの所為で今は見たくもないものになってしまったが、昭和から平成初期の「三年B組金八先生」は、その時々の学校問題を反映した人気ドラマだった。1995年に放送された第4シリーズでは、当時肉体的暴力から精神的暴力に移行していた「いじめ問題」がテーマの一つだった。両親の不仲という家庭の問題を抱え、表向きは優等生だが、裏では自らは手を汚さずに周辺へいじめをけしかける、影の支配者的な生徒を、デビュー間もない小嶺 麗奈さんが演じていた。
自粛要請に応じない私企業名を公表する行政、パチンコ店だけでなく、パチンコ店の客以外の自粛に応じない個人も、をあたかも「けしからん」と言わんばかりにテレビ画面に映し出すテレビ局、それに拍車をかけるワイドショーの司会やコメンテーター。それらはまさに、金八先生の第4シリーズで小嶺さんが演じた、自らは手を汚さずに周辺へいじめをけしかける、実質的なクラスの支配者と何が違うだろうか。
社会心理学者の釘原 直樹さんんが2016年に書いた記事「人はなぜスケープゴートを作り出すのか? / 釘原直樹 / 社会心理学 | SYNODOS -シノドス-」の冒頭にこうある。
災害や事故で大きな被害が出た時、あるいは不正行為や犯罪が明らかになった時、マスコミによる集中豪雨的な報道がなされることがある。そして往々にして、悪者探しが行われ、何が原因であるのかより、誰が悪いのかが追及される。すなわち、責任主体が不明確な場合でも、特定の人や集団がターゲットとして選び出されて非難されることもしばしばである。まさに今の状況である。しかも、強者がスケープゴートにされることは稀である。しかも今は行政という権力やメディアという権力がスケープゴートを作り出しているので、スケープゴートにされるのは立場の弱い/悪い者だ。
ツイッターでは #自粛拒否 なるハッシュタグがおすすめトレンドに表示され、まさに誰かをスケープゴートに仕立てようという気満々の投稿が並んでいる。こんな憎悪を煽りかねないタグをSNSの運営はなぜおすすめに表示するのか。
もうかなり色んなところがしっちゃかめっちゃかなのが今の日本社会の現状だ。
トップ画像は、Photo by Ricardo Gomez Angel on Unsplash を加工して使用した。