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狭い世界 / 井の中の蛙大海を知らず


 It's a Small World はディズニーのアトラクションの1つで、東京ディズニーランドにもある。イッツ・ア・スモールワールド - Wikipedia によると、1964年のニューヨーク万博に展示された、ディズニー制作のパビリオンがその始まりなのだそうだ。「人種や性別、国籍、言語の違いがあっても子供達は何のしがらみもなくすぐに友達になれ、ケンカしても泣いて笑ってすぐに仲直りしてしまう。まさしくこれが平和の世界ではないか」という思いが込められていて、戦争のない平和な世界がテーマになっている。
 狭い世界でいがみ合うのを止めよう、の狭い世界が「Small World」なのだろう。

 しかし今日の投稿の冒頭でこの It's a Small World を引き合いに出したのは、そのような肯定的なニュアンスからではなく、自分の目の届く範囲の狭い世界に閉じこもって、その外側に興味を向けない人への皮肉から、スモールワールドに触れた。
 日本語の慣用表現にはそれを指すものがいくつかある。例えば「井の中の蛙大海を知らず」はまさにそれそのものだし、「島国根性」という表現も、他国と交流の少ない島国に住む国民にありがちな、視野が狭く閉鎖的でこせこせした性質や考え方 を言い表している。若干ニュアンスは異なるが「村社会」も広義では同種の表現だ。

 フジテレビ・ワイドナショーの5/17の放送内容が一部で話題になっている。話題になっているのは、検察庁法改正案について、俳優やミュージシャンなど著名人がそれに反対する意思表明をSNS等でしたことに対して、「芸能人が政治的な発言をするな」のようなバッシングが一部で起きたことについての、指原 莉乃さんとEXIT 兼近さんの発言だ。


指原:
今回のに関しては、私も実際に芸能の方のツイートを見て、「ああ、こういうのがあるんだ」って知ったので、それを知ってる人がそれを広めてくれて、で勉強する関心を持つってことにはすごくいいなと思ったんです。自分もこうやって関心を持てたので。ただツイッターとかで、今回ので言うと、すごく簡単に表された相関図とかが載って、拡散されてここまで大きくなったと思うんですけど、本当にそれを信じていいのかとか、双方の話を聞かずに、どっちもの意見も勉強せずに、偏ったやつだけ見て、「そうなの?やばい!広めなきゃ」 っていう人が多い感じがしてます。
正直この件に関して私はそこまでの信念がなかったので呟けなかったです。

東野:
ちなみに、「指原さんもハッシュタグお願いします」みたいの来るんですか?

指原:
きてました。「どう思うんですか?」って。だけどやっぱり私はまだそこまでの、固い信念程勉強できてなかった。だからツイッターを書いてる人みんながみんな勉強してないとは全く思わないです。勉強した上でこれを書いてる人も沢山いると思うんですけど、もしかしたら、たった一人が言ってることを信じて書いてる人もいるんじゃないのかな?って思っちゃいました。

兼近:
勉強しないと参加してはいけない、というのが政治ではなくて、誰でも発言する、批判することって自由だと思うんですよね。それを多分大人達が都合悪いから、若者が参加するだけで叩かれたりとか、芸能人なんて特に「影響力あるから言わないでください」とか言われるんですけど、そんな影響力を持ったのは自分で持ったもので、自分の思う事を発言するのは自由だと思うんで、俺が一番残念なのは、これできゃりーぱみゅぱみゅさんがツイートしてそれを叩かれて、それを見た若者たちが「あ、やっぱり政治に参加したらこういう嫌な思いするんだな、大人からこういうこと言われるんだな」ってので、衰退していくのが、何か一番ダルいですね。


 指原さんの発言には違和感がいくつもある。まず、自分は賛成/反対を判断できる程勉強出来ていないと彼女が言っているのに、では一体どうやって「どっちもの意見も勉強せずに、偏ったやつだけ見て、「そうなの?やばい!広めなきゃ」 っていう人が多い感じ」と判断できたのか。
 彼女が賛成/反対の判断は出来ないまでも、それ相応に調べた、勉強したと言うのなら、よく考えずに流れに乗っているだけの人が多いという印象、と判断する為の材料を彼女が持ち合わせていると言えるかもしれない。だが、そのようなことが出来ていないのなら、彼女は何を判断の基準に「偏ったやつ」と言っているのか。「勉強せずに広めなきゃってなってるだけの人が多い」と判断したのかを強く疑問に思う。
 つまり彼女は、「私は勉強できてない。故に全体的にもその種の人が多く、大して調べもせずにツイートしてるんだろう」と言っているように見える。これが今日の投稿の冒頭で、皮肉的な意味でIt's a Small Worldを取り上げた理由である。私の見える範囲が概ね世界の全て、という認識が彼女にあるように思えてならない。

 この感覚は、2018年に「同性愛者には生産性がない」と言って大炎上した議員がいたが、その種の主張をする人達の多くが同性婚制度の創設に反対し、その理由として
私の周りの同性愛者たちに、同性婚が認められなくて困っている人なんていない
という話を挙げるのととても似ている。また、選択的夫婦別姓制度導入に反対する人達も、同じ様に「制度がなくて困っているという人が自分の周りにいない」という話を持ち出す人が多い。自分の周りが世界の全て、という感覚は確実に適切ではない。自分の都合のよいものしか見ない人が、そうは言えないから言い方を変えているだけだ。

 「たった一人が言ってることを信じて書いてる人もいるんじゃないのかな?」という見解もかなり極端だ。厳密に言えば少々ニュアンスが異なるものの、これは5/10-11に盛り上がりを見せた、#検察庁法改正案に抗議します というハッシュタグによる抗議について、「1人が100万の声をでっちあげられる世界」という自民党幹部が示したとされる見解(5/12の投稿)に通底するものだ。
 そして、結局その指原さんの見解は、勉強できてないと自分で言っている指原さんによって示されている。つまりそれが如何に情緒的な見解かは言うまでもない。


 指原さんの例は「自分の周りがほぼ世界の全て」という種の話だが、世の中には自分の周りすら見えていない者もいる。昨日そう強く感じたのはChoose Life Projectの討論に参加していた維新・音喜多氏だ。


 自分は作業をしながらラジオのように音声のみで聞いていたのでチャット欄を見ていなかったが、途中で司会の津田 大介さんが「口汚く罵るコメントは止めて」という旨の忠告をしていたので、恐らくその種のコメントが看過できないレベルで投稿されていたのだろう。
 もし対象が犯罪者だろうが誹謗中傷は許されるものではない。誹謗中傷が議論の妨げになることは間違いなく、看過できないのは当然のことだ。音喜多氏はそれがかなり嫌だったようで、討論後にこうツイートしていた。


 またブログにもこんな投稿をしている。彼のこの主張は決しておかしくないし、寧ろその通りだとも思う。だが一方で、自分の党の代表や、その代表と二人三脚な大阪府知事、そしてそれらと慣れ合う党の初代代表、そして足立何某のような国会で平気で「アホ、馬鹿」などの発言を繰り返す議員などに対して、そのような批判を向けないのはフェアではない、とも感じた。
 つまり、音喜多氏は、自分に向けられた悪意には敏感だが、自分の身内が他に向ける悪意や嘲笑には鈍感である、ように思えてならない。勿論自分の知らないところで音喜多氏はその人達に苦言を呈す主張もしているのかもしれない。だが少なくとも、松井大阪市長と吉村大阪府知事は現在進行形で頻繁に嘲笑としか言えない主張を含むSNS投稿を行っている。党幹部がそんな人達なのに、維新の所属者が自分に向けられた悪意にだけ敏感なのは「自分の周りすら見えていない」としか言いようがない


 今日の投稿の主題とは異なるが、音喜多氏は前述の討論の中で、
国会になぜ付帯決議があるのかと言えば、それは意味があるから。それを軽視してはいけない。ダメな法案、手続きも経緯もとんでもないと思うが、それを少しでもいいものにするために、付帯決議という選択肢を捨てるべきではない
という旨の主張をし続けていた。 音喜多氏を始めとした維新議員らの言う「付帯決議を付けて賛成」が一体どういうことか、を考えてみた。結論から言えば、そんな話には全く賛同しかねる。何の意味もないどころか、寧ろ法案可決へのアシストになってしまう。





 トップ画像は、Photo by Yulissa Tagle on Unsplash を使用した。

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