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警察による差別的な行為が行われた疑惑を無視する都知事と首相


 2017年、バージニア州シャーロッツビルで Unite the Right rally という極右勢力の集会が行われた(2017年のユナイト・ザ・ライト・ラリー - Wikipedia)。同時にこれに抗議する集会も起きた。極右勢力へ抗議する人達に対して極右集会に参加していた白人男性が自動車で突っこみ、女性1人が死亡、19人の負傷者が出る惨事が起きた。
この時の映像はかなりショッキングで、そのおぞましい様子をよく記憶している。

Charlottesville driver gets life in prison for attack


 昨日、これをフラッシュバックさせる映像がツイッターのタイムラインに流れてきた。



 2017年のシャーロッツビルでは、人の列に突っこんだ自動車を運転していたのは、極右集会に参加していた白人男性だったが、昨日ニューヨークで人の列に突っこんだのはニューヨーク市警の警察車両で、勿論運転しているのは警官である。これが一体どういうことか、どんなに恐ろしいことかが分かるだろうか。


 しかも、警察車両が突っこんだのは、5/25にミネソタ州ミネアポリスで警察官の過剰な抑圧によって、黒人男性のジョージ フロイトさんが死亡したことに抗議している人達だ。
これは警察の暴力性を裏付ける事案でもある。この件で死者が出たという話は聞こえてこないのが不幸中の幸いだが、少し何かが違っていたら、シャーロッツビルの件のように死者が出かねない状況だ。


 昨日の投稿でも触れたが、ジョージ フロイトさんの件と同様のことが日本でも起きている。
米国では抗議デモと、それに乗じた暴動が発生し混乱が広がっていることもあって、各地の首長らが様々な意思表示を行っている。著名人もそれぞれ意思表示をしている。だが日本ではどうだろうか。日本の首相や、外国人が警察によって不当な扱いを受けたと訴えているのは東京・渋谷だが、都知事が何か声明を出したという話は全く聞こえてこない。

 プロテニス選手の大坂 なおみさんはこんなツイートをしている。


「自分の身に起きていないからといって、それが起きていないということにはならない」。これは、ジョージ フロイトさんの件を受けたツイートだ。しかし、東京 渋谷署の件にだって同じことは言えるだろう。
 自分の身に起きたことではないから関係ない、という態度は決して中立ではない。例えば、被害を受けた側が何かしら大きな力を持っていれば、周りが何もしなくても自分で対処できる。だが、被害を受けた側の立場が弱ければ弱い程、自分に起きたことでないから関係ない、という姿勢は被害を受けた側を苦しめる。電車での痴漢事件で考えるとこれがよく分かる。加害者と被害者がいて、加害者とされた側が「痴漢していない」と言い、被害者が「痴漢された」と言っているとする。刑事事件の原則は疑わしきは罰せずであり、決定的な証拠が見つからなければ、犯罪を認定することは本来あってはならない。だが、痴漢事件の殆どは、周囲に第三者が大勢いる状況で起きる。周囲にいた誰もが「自分の身に起きたことではないので、面倒は御免だ」と見て見ぬふりをしたらどうなるだろうか。

 渋谷署の件について、著名人はともかく、なぜ首相や都知事は意思表示をしないのだろうか。前段の観点で言えば、彼らは痴漢事件を見てみぬふりをしているようなものだ。即座に警察による差別を認定する必要はないが、積極的に調査を促すのは、政治的指導者として当然ではないのか。


 ちなみに、警察の過剰な制圧によって被疑者が死亡する事件は日本でも起きている。しかも一度や二度ではない。そんなことを勘案すれば、渋谷署の件は取るに足らない事案では決してない。人が死んでないから深刻ではない、というのは確実に間違った感覚だ。外国人差別も問題だが、そもそも警察官の間違った正義感に確実に問題がある。

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