「店じまい閉店セール」という看板を掲げて何年も、場合によっては何十年も営業を続ける店がある。自分が通っていた高校の近所にも、常に閉店セールののぼりを掲げている紳士服店があった。このような手法は閉店商法と呼ばれている(Wikipedia)。大阪にあった靴店・オットーは、閉店商法を20年以上も続けた代表的な例だ(オットー (靴屋) - Wikipedia)。
AbemaTVに「NewsBAR橋下」という番組がある。しばしば暴言を吐くことでも有名な、維新の会創設者である橋本 徹が、ゲストと酒を飲みながら対談する番組だ。昨日・6/20に放送された回のゲストは日本の首相・安倍だった。
解散総選挙の可能性、なぜかコロナ危機下で取り沙汰された9月入学などにも話は及んだが、NHKはこんな風に取り上げた。
「自民総裁任期中に憲法改正の是非 国民投票を」安倍首相 | NHKニュース
取材や調査もせずに「誰々がネット・テレビ番組でこんなことを言いました」と、インターネットやテレビなどで流通している情報のみを再構成しただけで指摘や批判もない、引用とは言い難い転載まがいの記事、「コタツに入ったままでもお手軽に書ける凡庸で薄い内容の記事」という意味の、所謂コタツ記事を天下のNHKが掲載しているのも残念だが、それ以上に残念なのはこの安倍という男である。NHKの記事の見出しにもあるように、安倍は番組の中で
自民党総裁としての任期は1年3か月あるので、なんとか任期中に国民投票まで行きたいと述べた。
6/19の投稿でも触れたように、安倍は、国会閉会に伴って6/18に行った記者会見でも、
自民党は憲法改正に向けて、緊急事態条項を含む4つの項目について、既に改正条文のたたき台をお示ししています。緊急事態への備えとして、我が党の案に様々な御意見があることも承知しています。各党、各会派の皆さんの御意見を伺いながら進化させていきたい。建設的な議論や協議を自民党は歓迎します。
しかし、国会の憲法審査会における条文案をめぐる議論は、残念ながら今国会においても全く進みませんでした。今、目の前にある課題を決して先送りすることなく解決していく。これは私たち政治家の責任です。
この通常国会、150日間あったのですが、憲法審査会で実質的な議論が行われたのは、衆議院で1回のみでありました。大変残念なことであります。
お互いに知見をぶつけ合う、憲法についてどう考えるか、反対なのか賛成なのか、どういう考えを持っているのか。それをまさに国民の皆さんは私は見たいんだろうと、聞きたいんだろうと思います
各種の世論調査でも、(憲法改正の)議論を行うべきとの声が多数を占めている中にあって、国会議員として、やはりその責任を果たさなければいけない。
国会の場でそれが進んでいない。でも、これは国会みんなの、私は、責任なのだろうと、こう思います。その意味において、反対なら反対という議論をすればいいではないですか。なぜ、議論すらしないのかと思うのは、私は当然のことではないのかなと思います。などと、再三に渡って「憲法に関する議論をもっとやるべきだ」と述べている。
こちらも同様に6/19の投稿でも触れたように、立憲民主党ら野党側は、
- 不透明な持続化給付金委託の経緯
- GoTo政策の高額委託費
- 予備費10兆円の使途詳細
- コロナ危機に関する専門家会議議事録がない問題
- これまでのコロナ対応の検証
- 検察庁法改正の経緯と賭け麻雀処分の妥当性
- 35万もの署名が集まったのに拒否される森友問題再調査
- 工事再開の妥当性等、辺野古移設工事にまつわる諸問題
- 桜を見る会の問題
- イージス・アショア検討の杜撰さ
国会 野党側要請の会期延長否決 閉会中審査開催で合意 | NHKニュース
一応確認しておくが、自民党の総裁は首相でもある安倍である。安倍は前述のように「憲法の議論をもっと盛んに行うべきだ」と声高に、何度も主張している。また、前述の記者会見での産経新聞記者の質問への応答からも分かるように、
(現在のコロナ危機に鑑みれば、感染症対策を優先して議論するのは当然だが、)国会では様々な委員会があります。そのことも議論しながら、憲法審査会のメンバーは、当然議論はできるのだろうと私は思います。それは、我々が、行政府が答弁する委員会ではなくて、国会議員同士が議論をする、正に国会議員の力量が示されている場ではないのでしょうか。と、「コロナ対応と並行して憲法の議論もするべきだ」とも言っている。
党の代表者が「憲法の議論をもっと盛んに行うべきだ」と声高に、何度も主張し、「コロナ対応と並行して憲法の議論もするべきだ」とも言っているのに、その党はなぜ、議論の場である国会の会期延長を否決したのか。
突発的なコロナ危機への対応に、平年なら必要ない議論の時間が割かれたのだから、いくら委員会が別でも、相対的に議論の時間が足りなくなるのは誰の目にも明らかだ。コロナ危機への対応とそれ以外のことに関して、共に充分な議論の時間を確保するには、どう考えても会期延長が必要なのに、どうしたらそんな判断になるのか。全く見当もつかない。理解に苦しむ。それを理解しようとした結果、安倍の「憲法改正は悲願」という話は、この投稿の冒頭で取り上げた閉店商法である恐れが浮上してきた。「もっと議論を行うべきだ」と言いつつ、議論を行う場である国会を閉会するのだから、多分彼は「憲法改正は悲願」と口先で言っているだけなのだろう。「閉店します!」と言って客寄せするのに閉店しない店と一緒なのだろう。
表示に関するQ&A | 消費者庁のQ42、「当店は、販売価格の安さを一般消費者に対してアピールするために、閉店時期は未定ですが、「閉店セール」と称したセールを長期間実施しようと考えていますが問題ないでしょうか」への回答にはこうある。
実際には閉店し、廃業する予定がなかったり、閉店する時期が確定していないにもかかわらず、「閉店セール」と称したセールを長期間行っているような場合には、一般消費者に対し、あたかも「今だけ特別に値引きが行われている(購入価格という取引条件が著しく有利である)のではないか」という誤認を与え、不当表示に該当するおそれがあります。簡単に言えば「羊頭狗肉な謳い文句は認められない」ということだ。 議論が必要と言いつつ、議論の場を設けないのだから、安倍は「憲法改正は悲願」という、羊頭狗肉な看板を掲げていると言える。
何か都合が悪い注目されたくないことが起きると、首相としての会見でも「憲法改正を成し遂げる」と言いだし、そちらへ批判を分散させることで、注目されたくないことへの批判を相対的に減少させようという思惑で、安倍は「憲法改正は悲願」という羊頭狗肉な看板を掲げている、と考えるのは不自然だろうか。自分には全くそうは思えない。
トップ画像は、ファイル:Kutsu no Ottou(Old shoe store in Osaka).jpg - Wikipedia を加工して使用した。