新自由主義と日本語で言う場合に、英語の Social liberalism(new liberalism とも)を指す場合と、Neoliberalism を指す場合があるが、2つは全く正反対の性質の考え方で、最近は新自由主義と言えば主に後者のネオリベラリズムを指す。新自由主義/ネオリベラリズムとは、政府による個人や市場への介入は最低限とすべき、つまり所謂小さな政府を是とする考え方だ。
新自由主義の詳しい歴史や定義などに関しては 新自由主義 - Wikipedia などを参照して欲しい。日本は国民皆保険を実現しているなどアメリカに比べれば新自由主義的な国ではないが、高福祉で社会主義的な側面を持つ北欧諸国や、その他の欧州諸国と比べても、現状では社会福祉が充実しているとは言い難い新自由主義的な側面のある国と言えるだろう。
2012年末に民主党から政権の座を奪還した安倍自民党政権は、「税と社会保障の一体改革」を行うことを約束して政権交代を果たしたが、2度に渡る消費税増税を行った一方で社会保障は後退させるという、その公約とは正反対のことをやってきた。つい先日も「医療費負担引き上げ 個人の負担額、具体的な試算なしで決定:東京新聞 TOKYO Web」という報道があったばかりだ。現役世代の負担軽減という大義名分を掲げているものの、高齢者の医療費は高齢者自身ではなく、その子どもの世代が負担しているケースもあるし、1人当たりの見通しで比べた場合、後期高齢者の増額幅に比べると現役世代の減額幅は金額の桁が小さい、と記事は指摘している。
「もはや自助努力で解決できるレベルではない」。新型コロナの経済的影響により職を失い、路上生活を強いられる人が増えている。90年代からホームレス支援活動を続けている稲葉剛さんは、「人に迷惑をかけるべきではないという自己責任論が、路上生活者を窮地に追い込んでいる」と語る。 pic.twitter.com/DIy0CRfiaZ
— Brut Japan (@brutjapan) December 10, 2020
今朝、Brut Japan のこのツイートが目にとまった。ムービーでは、コロナ危機による飲食店等の経営不振の煽りを受けた失業が増えていること、失業によって、又は4-5月のネットカフェ休業要請などによって路上生活に追い込まれる人が増えていること、特に女性の自殺者が増えていることなどにも触れている。自殺者の増加は顕著で、7月からは5ヶ月連続で前年同月を上回り、10月の女性の自殺者は前年同月比で8割も増えた。
- コロナで女性の雇用急減、自殺者は増加 男性より深刻 内閣府の有識者研究会が処遇改善提言:東京新聞 TOKYO Web
- 11月の自殺者1798人、昨年より11%増加 警察庁:朝日新聞デジタル
- 第539回:10月の自殺者数、2000人超の衝撃。の巻(雨宮処凛) マガジン9
ツイートでも指摘されているように、日本では決して少なくない人達が「貧困に陥るのは自己責任」と考えている。また生活保護嫌悪も根強く、生活保護嫌悪を積極的にしない人でも、生活保護嫌悪を嫌悪しない人が少なくない。11/11に、
コロナ困窮53歳「捕まりたい」 コミック1冊窃盗容疑 [新型コロナウイルス]:朝日新聞デジタル
5月まで機械製造会社で派遣社員として働いていたが、新型コロナウイルスによる不景気で契約を打ち切られた
家と食べ物に困っていて、警察に捕まりたかった
という記事が朝日新聞に掲載された。「保護を受けたい」ではなく「捕まりたい」と思う人が出てくるのは、明らかに社会福祉政策・政治の敗北だ。また根強い生活保護嫌悪の結果とも言えるだろう。
10/29には雨宮 処凛さんが「第537回:コロナで路上に出たロスジェネへの、あまりにも意地悪な対応。生活保護を巡る、杉並区・謎のローカルルール。の巻(雨宮処凛) マガジン9」という記事を書いていて、このコロナ危機下においても自治体が生活保護申請に冷たい態度を示していることを指摘している。11/9には東京新聞も「足立区が生活保護廃止の男性に謝罪 「職員が誤った判断」:東京新聞 TOKYO Web」という記事を掲載しており、このようなケースは氷山の一角なんだろう、という感しかない。
更に11/16には、路上生活者と見られる女性が寝泊まりしていた渋谷のバス停ベンチにいたところを撲殺される事件が起きた。
第540回:渋谷・女性ホームレス殺害〜「痛い思いをさせればいなくなる」を地でいくこの社会。の巻(雨宮処凛) マガジン9
男は事件前日の15日、バス停にいた女性に「お金をあげるからどいてほしい」と言ったという。が、翌日もまだ女性はいた。無防備な女性に対して、男は袋に石を入れ、殴りつけたという。
逮捕された男は、「自分は地域でゴミ拾いなどのボランティアをしていた。バス停に居座る路上生活者にどいてほしかった」などと事件の動機を説明しているという。
雨宮さんは記事の中で、
彼女がいたベンチこそ、同じようなものだった。野宿者排除のため、横になれないよう仕切りがつけられた小さなベンチ。言うなれば、「寝づらくすればホームレスが来ないと思った」というベンチだ。
と、自治体などによるホームレス排除目的の設置物の問題、目障りな者扱いして排除する傾向にあることにも触れている。また、都庁が、困窮者への食品配布や生活相談会を排除するかのように、敷地にカラーコーンを配置するようになったことにも触れている。
都庁が無情のコーン再び設置 「これでは弱者の敵だ」 困窮者はよけながら食品受け取り:東京新聞 TOKYO Web
有権者に自己責任論を唱える者が多いから、このような仕打ちをする政治家が選ばれて冷たい自治体が出来上がるのか、自治体が公然とこのような冷酷な仕打ちをするから有権者まで自己責任論に染まるのかは定かでないが、現在の知事・小池 百合子は、プチ鹿島さんの記事に因ると、日本で自己責任という言葉が流行語になった2004年、その発端になったイラクで日本人3名が拘束された件について、当時の首相・小泉らと共に自己責任を煽った者の1人だ。
14年前、誰が「自己責任論」を言い始めたのか? 文春オンライン
しかも記事にはこうある。
この頃の読売、朝日、毎日を読み直すと、政治家で「自己責任」を言って記事に載っているのは小池発言が最初だ。この11日後の4月20日に朝日新聞は「自己責任とは」という特集記事を書いているが、ここでも時系列の表で一番最初に載っているのが小池氏の発言である。
つまり新聞を見る限り、政治家として最初に被害者の「自己責任」に火をつけたのは小池氏だった可能性が高い。
つまり、当時一部で盛り上がっていた自己責任論に影響を受けて小池がそう述べた可能性も勿論ないわけではないが、自己責任論が今ここまで日本で蔓延してしまったのは小池によるところが非常に大きい、と言っても決して過言ではないだろう。そんな意味で言えば、小池もまた新型ウイルスのような存在だ(12/6の投稿)。
そんな元祖・自己責任論者の都知事の下で、都庁が生活困窮者や支援者を排除する為にカラーコーンを立てているのは、ある言意味で必然だし、今年の7月に再びその小池を知事に選んだのは都民であり、しばしば流行歌で「東京は冷たい街」と歌われてきたが、まさにその通りだという感がある。
前述の Brut Japan のツイートにある、稲葉 剛さんの「人に迷惑をかけるべきではないという自己責任論が、路上生活者を窮地に追い込んでいる」という言葉を聞いて思う。
「人に迷惑をかけるな」と言う人たちの中には、自分が困った際に助けて貰える社会の成立を阻む、という点で他者に迷惑をかけている、という逆説的な状況に陥っている人が少なくない。彼らが言っているのは、人に迷惑をかけるな、ではなく実際には、俺の気分を害するな、だ。
と。
トップ画像は、Photo by Valentin Salja on Unsplash を加工して使用した。