1936年にベルリンで開催された第11回オリンピック競技大会を、ナチが政治宣伝に悪用したことはあまりにも有名だ。その為に発明されたのが聖火リレーである。因みに聖火リレーと呼んでいるのは日本ぐらいで、英語では、聖火でなく Olympic flame、聖火リレーでなく Olympic torch relayと呼ばれている(Olympic flame - Wikipedia)。
第二次世界大戦後も、西側諸国のモスクワオリンピックボイコット、東側諸国のロサンゼルスオリンピックボイコットなど、オリンピックに政治が持ち込まれることはなくなることはなかった。しかし、そもそもオリンピックが国でなく都市開催である理由は、「スポーツは国や人種、宗教などの枠を超えた自由なものであり、国家権力の影響を極力受けずにオリンピックは開催されるべき」という理念があるからで、また、ベルリンオリンピックがナチの政治宣伝に悪用されたことへの反省もあって、オリンピックは基本的に政治と距離を置くことになっている。オリンピック憲章には
オリンピック競技大会は、 個人種目または団体種目での選手間の競争であり、 国家間の競争ではない
とあり、国の威信や権力を披露すること、つまり国威発揚に利用されることを拒んでいる。少なくても便宜上は。
2016年リオオリンピック閉会式で、当時首相だった安倍
晋三が、次期開催国の首相として、スーパーマリオのコスプレをしてサプライズ登場するというパフォーマンスをやった(東京2020――日本の首相がスーパー・マリオに - BBCニュース)。オリンピックの理念に鑑みれば、あのような行為は慎むべきだし、IOCや主催者はそれを許すべきではない。政治家、それも一国の首相がパフォーマンスをやるなんてのは、政治宣伝そのものである。小池
百合子も開催都市の知事として旗を振っていた。式典に参加するなとは言わないが、そのような役割はスポーツ選手に任せるべきだった。それがオリンピックの理念に沿った振舞いだろう。
前述のBBCの記事にある小池が旗を振っている写真には、IOC会長 バッハがそれを手を叩いて称賛している様子、も写っている。
このバッハが、昨年何と言っているのかと言えば、
オリンピック大会は政治とは関係ない。IOCは市民の非政府組織であり、どんなときも厳格に政治的に中立だ
である。この話の背景には、Black Lives Matterの盛り上がりがあって、大会中、どのようなかたちの政治的な抗議も禁止する、というオリンピック憲章第50条の規定と、IOCが示した、サインや腕章による政治的なメッセージの表示のほか、片膝をつく、拳を突き上げるといったジェスチャーも政治的な抗議に含まれる、という見解がある。片膝をつく、拳を突き上げるなどのジェスチャーは、これまでにスポーツ選手が、競技前の国家斉唱や表彰式などの際に行った、人種差別へ抗議する行動だ。
「オリンピックは政治とは無関係」 IOC会長、選手の抗議にくぎ | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)
選手にはジェスチャーなどの静かな抗議すら許さないと言っているのに、開催国/都市の首長がオリンピックをパフォーマンスの場にすることには無頓着なIOC。オリンピックの理念とはなんなのか。どこがアスリートファーストなのか。どう考えても政治・利権・商業ファーストでしかない。
現在、イギリスで先進7か国首脳会議、所謂G7が開かれており、日本の首相
菅も出席している。
菅首相 G7でイギリス到着 東京五輪・パラ開催に理解求める | G7サミット | NHKニュース
NHKのこの記事によれば、菅はイギリスへ向けた出発の前に「感染対策を徹底し、安全・安心の大会(オリンピック東京大会)を実現する。こうしたことを説明して、理解を得たい」と述べたそうだが、前述の通り、そもそも政治はオリンピックから距離を置くべき存在である。勿論、一国の首相とはその最たる存在だ。つまり開催を後押ししてもいけないし、開催を強く否定してもいけない立場であり、昨日の投稿で書いたように、改憲同様に、オリンピックに関しても政府関係者は傍観すべきで、これこそ「コメントを控える」のが正しい対応だ。
だが菅は、実際にG7初日の討議で、東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けた決意を表明したそうだ。
G7英で開幕 菅首相 東京五輪・パラ大会開催に向け決意を表明 | G7サミット | NHKニュース
日本政府によりますと、首脳の1人が「全員の賛意を代表して、東京大会の成功を確信している」と述べたということです。
そもそも、政治の場であるG7にオリンピックを持ち込むこと自体がNGな行為なのだが、それを度外視しても、菅は今年・2021年の1月にオリンピック開催について「政府が決めることではない」と、国会で野党からの質問に対して答弁している(五輪開催、政府が決めることでない IOC等と連携し準備=菅首相 | ロイター)。なぜ菅は、開催の決定権を持たない立場なのに、G7で開催への決意を表明しているのか。その異様さは小学生でも理解できるほど低レベルなものだ。
菅がこのようなことをして、それを日本メディアがこぞって「開催への支持を得た」かのように歪曲した報道をするだろうと、G7開催前から予測していたが、案の定昨日からそれが始まった。
G7サミット首脳声明「五輪支持」明記へ調整|TBS NEWS
政府関係者によりますと、このサミットの首脳声明に、東京オリンピック・パラリンピックの開催を支持する文言を盛り込む方向で調整が行われているということです。
G7サミット、東京オリンピック開催に「賛意」|TBS NEWS
日本政府によりますと、この発言に対し参加国の首脳から「成功を確信している」という発言があったということです。
首相、五輪に「強力な選手団派遣を」呼びかけ…G7サミット : 東京オリンピック2020速報 : オリンピック・パラリンピック : 読売新聞オンライン
日本政府によると、首脳の一人が「全員の賛意を代表して東京大会の成功を確信している」と歓迎した。
G7 菅総理が五輪へ決意 英首相が「成功を確信」|テレ朝news-テレビ朝日のニュースサイト
英ジョンソン首相 東京五輪開催への支持表明 菅首相との会談で | G7サミット | NHKニュース
ジョンソン首相は、東京オリンピック・パラリンピックについて「成功を確信している」と述べ、開催への支持を表明しました。
G7 菅首相 東京大会へ決意 バイデン大統領 “支持する” | G7サミット | NHKニュース
菅総理大臣は、東京オリンピック・パラリンピックについて「感染対策を万全にし、安全・安心な大会を実現する」と述べ、開催に向けた決意を示したのに対し、バイデン大統領は「もちろん、あなたを支持する」と述べました。
菅首相「安全安心な五輪」訴える 米・仏は「支持する」:朝日新聞デジタル
これらの記事は、あたかも、オリンピック開催することが支持された、かのように書いているが、厳密に言えば、支持されたのは、安全安心なオリンピック開催への決意、であり、つまり安全で安心な状況が実現できなければ、開催に支持は得られない。
イギリス首相のボリス ジョンソンが「成功を確信している」と述べた、という話も、記事を読めばわかるように、そのソースは日本の政府関係者だ。メディアはちゃんと裏取り取材をやっているだろうか。「日本政府によれば」と注釈しているということは、裏は取っていないということだ。そう考えて十中八九間違いない。裏が取れているなら、そんな注釈は必要ない。裏が取れていないから、その話の真偽に責任が持てないから、そう書いている。
この歪曲手法は、4月の日米首脳会談の際にやったのと全く同じ手法である(4/19の投稿)。日本のメディアは、戦中、歪曲に塗れた大本営発表をたれ流したことから、一体何を学んだのか。いや、何も学んではいないということだ。
英語メディアを見渡しても、ざっと検索した限りでは、この種の記事は全く見当たらない。次のブルームバーグの日本語版記事が、日本以外ではG7におけるオリンピック関連の話題など全く注目されていないことを物語っている。
コロナ禍からの経済回復を議論、東京五輪「成功確信」-G7首脳会議 - Bloomberg
日本語版ではこのような見出しがつけられているが、この記事の元になっている英語版記事として、
- G7 Leaders Broadly Agree to Continue With Fiscal Stimulus: Rtrs / G7各国首脳、財政刺激策の継続に大筋合意
- Johnson Defers to Draghi on Economy at First G-7 Summit Session / ジョンソン氏、G7サミット初会合で経済面でドラギ氏に追随
- Johnson Urges Avoiding Errors of Previous Recoveries: G-7 Update / ジョンソン氏、過去の回復の誤りを避けることを要請。G-7アップデート
- Joe Biden to Host Angela Merkel at White House Amid Spat Over Nord Stream 2 - Bloomberg / ジョー・バイデン、ホワイトハウスでアンゲラ・メルケル首相を接待
が挙げられており、そこにはオリンピックのオの字もない。ブルームバーグ英語版で、G-7 Olympic と検索しても、出てくるのは日経からの翻訳記事「Biden Supports Suga in Moving Forward With Olympics: Nikkei - Bloomberg」だけである。
しかもその記事を翻訳すると、
米国のジョー・バイデン大統領は、日本の菅義偉首相が発表した安全な夏季オリンピックの実現に向けた取り組みへの支持を表明したと、日本経済新聞が報じました。
菅首相は、G7の合間に行われた会議で、バイデン氏に対し、「安全で安心な『東京オリンピック・パラリンピック』を実施するために、感染症対策に万全を期す」と述べました。
会話は、会議の合間に何度か行われ、合計10分ほどでした。
日経新聞は日本政府関係者の話として、「会談は形式通りには進まなかったが、両首脳は実質的な議論を行うことができた」と伝えている。
となる。この記事からも、菅とバイデンは立ち話程度にしか話を交わしていないし、開催が手放しで支持されたわけではないことも分かる。
日本の首相がG7の他の国の参加者からどんな風に見られているか。恐らく、本来は政治家として距離を置くべきオリンピックを政治利用しようと躍起になっている、ものを知らない極東の田舎者、くらいにしか思われていないのだろう。