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慣れが人を、そして社会をダメにする

 1990年代後半に携帯電話が普及するまで、電話をかけるのにダイヤルを回すのは当然だった。このダイヤルを回すという表現も、電話をかける時にダイヤル式の装置で番号を入力することを意味し、1980年代以降はプッシュ式が主流になっており、携帯電話普及直前で既に実態に即していない表現だった。


 それがダイヤル式だろうがプッシュボタンだろうが、携帯電話普及以前は、とにかく電話をかける際にいちいち番号を入力する必要があった。家庭用電話はその頃既にコードレス式が主流で、短縮ダイヤルを登録できる機種もあったが、外で電話をするには公衆電話しか方法がなく、電話番号を入力する必要が確実にあった。
 だから多くの人が電話帳を持っていた。手帳の中に電話帳が含まれていることも多かった。ただ、よくかける番号は大抵覚えてしまうもので、みんなそれぞれよくかける電話番号は暗記していた。トップ画像にしたのは、カシオのデータバンクシリーズの腕時計で、自分が高校生の時に初めて買ったDBX-102という機種だ。テンキー+αのキーボードを備えたデジタル腕時計で、電卓と100件の電話帳、100件のスケジュールメモを記憶する機能があった。自分はこれを電話帳の代わりにしていた。
 携帯電話を持つようになってからも、しばらくはこのデータバンクシリーズを愛用していた。好きな映画・バックトゥザフューチャーで、主人公のマーティが使っていたことの影響もあったし、そもそもこの手のデジタルガジェット的なものが好きだった。テンキーレスでタッチスクリーンを搭載した、データバンク HOTBIZシリーズもそんな自分の趣味趣向にハマった。ただ、携帯電話に電話帳機能が付いており、直接電話をかけることが出来たので、電話帳の代わりに使うことはかなり減った。携帯電話をどこかに置き忘れた際に役に立つこともあったが、携帯電話を手にしたばかりのころは、それ以前の習慣から、よくかける番号は大抵覚えていたので、そのようなバックアップとしての利用もかなり限定的だった。

 ちなみにデータバンクシリーズは、日本では現在正規販売していないようだが、海外のサイトではまだカシオ公式サイトに掲載されており、日本でも逆輸入品/並行輸入品として入手できるようだ。


 現在日本の携帯電話契約台数はおよそ1億9500万台(20213月末 総務省調べ)だそうで、16歳以上の国民の殆どが1台は携帯電話を所有している、と言えるだろう。しかもそのほとんどが電話帳機能を備えている為、今複数の電話番号を記憶している、という人は少数派なはずだ。自分も、とっさに頭に思い浮かべられるのは、実家の電話番号と以前10年近く勤務した会社の電話番号だけだ。今よく出入りしている会社の電話番号は電話帳を見ずには答えられない。つまり、携帯電話黎明期以前に使用していた番号2つが辛うじて頭の中に残っているだけの状態である。
 携帯電話を持つ以前は少なくとも20以上の番号を記憶していた。しかし携帯電話を持ってからは、携帯電話の電話帳から直接電話をかけられるようになり、更に最近はLINE等のアプリを介してデータ通信を利用して音声通話をするのが主流になっている。電話番号を直接入力して電話をかけるケースも、更には電話番号を聞く、教えてもらうケースすらほとんどなくなっており、使わないから覚えていない、覚えられない、という状況である。

 人間は環境に慣れる。慣れるとそれが当たり前になる


 自民党の総裁選が話題になっているが、その候補の中で岸田 文雄の評判がよい、という話がある。話の出どころは、BS-TBSの番組 報道1930が放送した街頭インタビューのようで、「紙を見ずに話せている」ことを理由に岸田を推す市民がいたようだ。勿論他でもそんな話があったのかもしれない。それについて、ジャーナリストの浜田 敬子がこのようにツイートしていた。

 8/21に尾瀬ガイド協会公式ツイッターアカウントが

都市部がほぼほぼロックダウン状態になったとしても、貴方の心と尾瀬の湿原は広大です。アフガニスタンやミャンマー・ロヒンギャに比べれば幸せです

とツイートしたことが問題視された。これをきっかけに、過去に「たくさんのお花が開花中!まるで、女性専用車です たくさんの『とってもいい香り』思わず、息を吸い込みます」などともツイートしていたことが明るみになり、不謹慎、不適切、差別的、という指摘が集まっていた。

これを受けて協会は即座にWebサイトにて謝罪、アカウントを休止した。更に9/3に、この件の経緯、問題点、今後の方針などを示した報告書を公表し、SNS上では「全ての企業、団体はこれをお手本にすべき」「危機管理の教科書に載せたい」などと、その対応が高評価されている

 しかしこれも、岸田が「紙を見ずに話している」ということで高評価されるのと同じで、本来はこれが当然の対応だ。今の日本では、政府や政治家、そして企業などによる低レベルな対応が常態化しているから、当然の対応をしただけで絶賛される状況になっている。


 同じことはメディアにも言える。アジアを担当するCNN国際特派員・Selina Wang がこうツイートしている。

日本語に訳すと、「菅首相は、日本における covid-19 感染者の急増を抑えることができず、オリンピックを推進したため、退陣することになった。菅は成功した政治家という評判で就任したが、国民の信頼を失い、リーダーシップの遅さや優柔不断さを批判された」となる。とても簡潔にしかも分かりやすく菅辞任の背景を説明している。
 なぜ日本のメディアは、このようなことを言えないのか。誰もが、少なくない国民がそう思っているのに、なぜか日本のメディアにはこうハッキリと言える人がいない。ゼロではないかもしれないが、大手メディアにはこんな論調は見られず、逆に昨日の投稿で取り上げたような無責任な記事が蔓延している。だから Selina Wang が何か素晴らしいことを言っているかのようにも見えるが、国外では当たり前、のレベルの話でしかない。
 なぜ日本のメディアは、このようなことを言えないのか、と書いたが、厳密には、言えないのではなく”言わない”のだろう。政府に批判的なことを言わないのに慣れてしまっているから。そしてそんな報道をもうずっと見せられた続けている日本の有権者の大半も、それに慣れてしまって、おかしいとも思わないようになってしまっているのではないか。


 人間は環境に慣れる。慣れるとそれが当たり前になる。しかし絶対に慣れてしまってはいけないこと、当たり前にしてはいけないことが確実にある。戦争に駆り出されると、兵士の多くは人を殺すことに慣れてしまうそうだ。また第二次世界大戦以前の戦争では、他国の兵士がやってくると女が強姦されると恐れられたそうだが、それだって慣れなければできないことだろう。しかし、そんなことには絶対に慣れてはいけない。
 それと同様に、今日本にある、日本人一人一人の目の前にある、低レベルで腐りきった政治と社会にも決して慣れてはいけない。それに慣れてしまい、それが当たり前になってしまったら、自分達の子や孫の世代に申し訳が立たない。何事も壊すのは簡単だが、それを立て直すには壊すのの何倍も時間と手間がかかる。


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