これは、代々木公園にある禁止事項の立札である。数年前に撮影したものだから、今も同じなのかは分からない。この投稿を書くにあたってWebサイトを調べてみたのだが、そこにはこれらの禁止事項に関する言及はなかった。ペットと喫煙に関するマナーの記述だけがあるだけだった。
禁止事項ばかりの公園や、危ないという理由でこれまで当然のようにあった公園の遊具が次々に撤去されることへの違和は、2020年10/19の投稿でも書いた。この投稿を書いている今も、当時と思いはそれほど変わっていない。球技もローラースケートもスケートボードもラジコンも花火も出来ない公園は、一体何のための施設なのか。子どもはどこで遊べばいいのか。
なぜこんなことになっているのか。NHKがこんな記事を書いている。
公園のルール 多すぎない? | NHK
代々木公園がある渋谷区ではないが、豊島区の公園緑地課が「苦情を寄せる住民は、今すぐ対処してほしいと思っています。行政として迅速に対応するには、看板を立てるしかないんです。禁止看板ばかりだと景観がよくないですし、利用者が少なくなっているところもあります」と言っている。住民からの苦情や要望の増加がこの背景にあるのだそうだ。
記事で紹介されている練馬区の公園には、
- 合唱はお控えください
- 団体でのランニングなどのトレーニングは許可していません
- ベンチの長時間利用はご遠慮ください
- 朝、ラジオ体操をしたあと、合唱や太極拳などのサークル活動が行われていた。合唱は近所迷惑だということで禁止になった
- 近くの大学のスポーツ部が練習で走りに来て、子どもとぶつかったことがあり、危ないとなった
- 1日中将棋をして、ベンチを占領している人たちがいたらしい
確かに、公園に限らずマナーの悪い人は結構いて、それらの人たちが問題を起こすケースは少なからずある。しかしそんなケースがあったからといっても、一律禁止が適切な対応とは全く思えない。ハッキリ言って馬鹿げている。安易に臭い物に蓋をするのは簡単だが、それでは一体何のための公園なのかが分からない状態になる。
昨今、一部に「身を切る改革」などと言って、公務員の数を減らそうとしたり、公園のような施設の運営を民間に委託しようという人たちがいるが、充分な公務員がいないから、このような安易な対応をせざるを得ないのではないか。きめ細かな対応をする余裕がなくなっているのではないか。また、民間は何事も効率重視になりがちだ。他との競争があればきめ細かなサービスも期待できるが、公共施設の運営なんてのは基本的に競争にならないし、自治体から委託を受けた運営なら、その内容は緩慢にもなりやすい。
排除しつくした「街」に、再び人は呼べるか【小寺信良のシティ・カントリー・シティ】-Impress Watch
これは、テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、ビデオ・オーディオ機器や関連コンテンツなどを得意とするライターの小寺 信良によるコラムである。彼は新型コロナウイルスの感染拡大が始まる直前の2019年に首都圏から宮崎県に移住しており、このコラムも宮崎駅周辺の現状について書いている。
このコラムでは、そのタイトルの通り、宮崎駅の西側にある高千穂大通りが、1997年に歩道を拡幅して自転車道を設けたのと同時に、自転車駐輪禁止区域として厳しく規制されたことから人の回遊が激減した、大量の駐輪自転車がなくなったことで多少景観は良くなったが、同時に人も居なくなってしまった。と指摘している。通りにあった商業施設はことごとく衰退し、現在は証券会社、保険会社のオフィス街になっているそうで、拡幅された歩道は日中でも閑散としているそうだ。
小寺はこの通りのスケートボード・BMX禁止という規制にも言及している。そんな規則が出来た背景には、マナーの悪いスケーターの存在があったようだが、彼も安易な禁止への矛盾を示している。
宮崎市内にも数か所スケートボード用の施設はあるようだが、夜は営業していないため、仕事終わりの若者や学生などが夜に遊ぶとなると、通りに出るしかないのが実状で、締め出されたスケートパーク近くの暗がりで練習している若者を見るたびに、虚しい気持ちになるそうだ。駐輪場不足と駐輪禁止規制で衰退してしまった高千穂大通りの広い歩道に、スケートパーク的なエリアを作るなどして、人を呼ぶといった方策はできないものか、と提案している。
子供たちがゲームばかりして不健康だ、なんて指摘を見ると、一方で遊べない公園ばかりにしている大人が何を言っているのか、という気分になるし、若者のクルマ離れなんて指摘にも、クルマを買って維持できるような賃金も与えず、特に都市部では駐車場もガソリンも高いし、あれこれ規制を作ってクルマイジリがし難い環境にしておいて、そんなのは当然だ、という感しかない。
自分が大学生になった1990年代後半は、辛うじて18歳になったら男も女もとりあえずクルマを欲しがる、持つ雰囲気だったが、それから10年後の2000年代後半、大学生にクルマを持っているのかを聞いたら、友達には一人もいない、持っていてもビックスクーター、という話だった。そして、2006年に導入された駐車監視員と共に、クルマだけでなくバイクの駐車禁止も厳格化され、都市部では駐輪場不足も深刻なことから、その更に10年後、ビッグスクーターも過去のものとなり、大学生はバイクすら持たないのが普通になっている。勿論全くいないわけではなく、その数が激減しているという意味だ。
若い世代がクルマやバイクへの興味を失えば、当然文化としても衰退するし、経済的な影響もある。クルマもバイクも、日本が世界に対してアドバンテージを持つ、最早数少ない分野なのに。
秩序を守ることも重要なのは確かだが、何でもかんでも安易に禁止することは、思わぬ不幸を招くこともある。そして、よく考えないと自分の首を絞めることにも繋がりかねない。