法治と言えば法がすべてのような印象があるが、決してそうとは言えない。もし法が絶対的存在であるなら、同種の訴訟の判決はどれも同じになるはずだ。しかし同種の訴訟であっても、判事や裁判員の判断が常に一致するとは限らない。下級審の判決が上級審で覆ることもあるし、同時に似たような訴訟が起きた場合、それぞれで判決が異なることもある。また、判事が複数いたり裁判員が判断を下す場合、それぞれの判断が異なる場合もある。
下級審と上級審の判断が異なる場合などは、新たな証拠や証言が出てきたなどの理由によることもあるが、下級審判事と上級審判事で法解釈が異なる為に判断も変わる、というケースもある。そもそも法が絶対的な存在ならば、法解釈なんて概念が生じることはなく、法の解釈は常に一定であるはずだ。
あまりにも曖昧でいい加減な条文で法が規定されると、それは悪用が可能になってしまう為、悪法と呼ばれたりする。またそれが抜け穴になる場合はザル法なんて呼ばれたりもする。しかし、法は人間が言葉で規定するものであり、曖昧な条文で構成される法は少なくない。むしろほぼ全ての法に曖昧な部分があると言ってもいい。だから異なる法解釈が複数存在するなんてはザラだ。それを補う為に、そしてアクロバティックな法解釈を正当化させない為に、法解釈は基本的には過去の判例を重視する。だから、1つの訴訟の判決はその訴訟の判決になるだけでなく、後の同種の訴訟などにも影響を与える。過去に例があまりない種類の訴訟の場合は特に、その後の判断に与える影響が大きくなる。
東京地裁は2021年12月に、個人がNTTドコモを相手取り、情報開示請求を訴えた裁判の中で、「スクリーンショットによるツイート引用は著作権侵害」という判断を示した。つまり、スクリーンショットによってツイートを引用をするのは著作権侵害に当たるから、発信者の情報開示請求を認める理由になる、という判断が、東京地裁で示された、ということである。
- スクリーンショットによるツイート引用は著作権侵害との判決(栗原潔) - 個人 - Yahoo!ニュース
- Twitterのスクショ投稿が違法? 判決で示された学びと悟り:小寺信良のIT大作戦(1/4 ページ) - ITmedia NEWS
- 令和3年(ワ)第15819号 発信者情報開示請求事件 判決(pdf)
この件については、2021年12/30の投稿でも取り上げている。前述したリンク先でもその判断の至らなさが指摘されているが、自分も同様に、裁判官はツイッター利用の実情をよく理解せずに、社会的な不都合が生じるような判断を示してしまったと指摘した。
ざっと説明すると、裁判官は、ツイッターはツイートを引用するためのシステムを設けており、規約でそれを使うことを定めているのだから、それに従わないスクリーンショットによる引用は、著作権法上の正当な引用の要件の1つである「公正な慣行に合致」しないので、著作権法に反する、違法である、という判断を示している。しかし、ツイッターが用意するシステムで引用を行うと、ツイートしたアカウントかツイッター運営が何らかの理由で当該ツイートを削除した場合や、そのアカウント自体が削除された場合、ツイッター運営が当該アカウントをBANした場合に、元ツイートの詳細が分からなくなってしまう。それを回避する為にスクリーンショットによる引用が広く行われている、というのが現状である。
ちなみに、世の中には引用と転載の違いを把握していない人が多くいるようなので、一応それに関するリンクも掲載しておく。
ここで解説されているように、何かを説明したりする場合に、一定の条件を満たせば、作者の了解を得ずに転載してもよい、それが引用にあたる。しばしば無断引用という言葉を使う人がいるが、引用とはそもそも無断で行うものである。転載には、許可を得ない違法な無断転載と、許可を得た合法的な転載があり得るが、引用はそもそも無断で行うもので、許可を得る必要のない行為である。
石川 優実の #KuToo運動に関する著書にツイートを無断で掲載され著作権が侵害されたとして、ツイートの投稿者が石川と出版社に対して損害賠償や出版差し止めを求めた訴訟の控訴審判決が、3/29に知財高裁で示された。
石川優実さんの書籍にツイート掲載。著作権法違反などを訴えた投稿者の控訴棄却(知財高裁) | ハフポスト NEWS
この訴訟では、石川や出版社が、書籍にツイートを無断で掲載したことは引用にあたるのか否かが争われ、1審の東京地裁も、控訴審の知財高裁でも、正当な引用だと認められている。
ツイートのWeb上における引用について、この数週間の間にツイッター側の仕様が変更されたようで、自分はそれに気づいて以来、ツイッターの引用システムは使用せずに、スクリーンショット+リンクで引用を行うように、このブログにおけるツイート引用の運用を変更した。
前述したように、以前から、引用したツイートが何らかの理由(投稿者の能動的削除、アカウントBANなど)で閲覧できなくなった場合に、添付された画像や動画ファイルなどが閲覧できなくなるという不都合はあった。だが以前は、元のツイートが閲覧できない状態になっても、ツイートの文面、含まれるリンクのURL、投稿日時、投稿アカウント、ツイート自体のURL は文字情報として表示される仕様だった。だから以前は文字だけのツイートの場合は基本的にツイッターの引用システムを使い、画像等を含む場合、それにプラスしてスクリーンショットを残すか当該ファイルをダウンロードして個別に引用する、という方法でツイートの引用を行ってきた。
だが3月の後半から仕様が変更され、引用元のツイートが閲覧できない状態になると、空白のツイートが表示される仕様になってしまい、ツイッターの引用システムで引用を行うと、元のツイートが閲覧できない状態になった場合に、引用として役に立たなくなってしまった為、スクリーンショット+リンクで引用を行うように、このブログにおけるツイート引用の運用を変更した。
Twitterのページ埋め込みで元ツイートが削除された場合の挙動が変わり「空白」になってしまうことが発覚 - GIGAZINE
ツイッターは、この件に限らずツイートを刹那的なものと捉える傾向があるようで、記録としての保全をあまり重視しない。その姿勢は個人的には不誠実であるとも言えると考えている。ツイッターがそのような姿勢であるのに、「スクリーンショットによるツイート引用は著作権侵害」という判断を示した裁判官は、引用にはツイッターが公式に提供するシステムを使え、という規約を守れ、と言っている。今回の仕様変更によって、その裁判官の判断が如何に現状と乖離しているか、がよく分かる。
法解釈に幅が生じてしまうのはある程度仕方のないことだが、裁判官/裁判所には、現状に即した判断を示して貰わないと困る。こんな判断を示されたら、記録として意味をなさない引用しか出来なくなってしまう。本や新聞などの印刷物の場合は、複製を伴わなくても原典を参照する方法を確保できるが、サーバーで一元管理されているネット上のデータの場合、複製を伴わないと、元のデータが削除されたり閲覧できない状態にされた場合に、原典を確認することが難しくなってしまう、という違いをよく理解して欲しい。
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