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アメリカ政府にとっての”公正”

 NHKニュースの記事「 トランプ政権 貿易報告で日本に障壁撤廃求める 」によると、アメリカ通商代表部は3/30に「貿易障壁報告書」を発表し、日本に対しては688億ドルの貿易赤字解消の為、牛肉やコメなどの農産物市場の開放を求め、また、「 さまざまな非関税障壁によって日本の自動車市場への参入が妨げられ、アメリカ製の自動車の売り上げは低迷したまま 」として、障壁を撤廃するように求めていく、としたそうだ。  通商部代表のライトハイザー氏は「 トランプ大統領は外国の不公正な貿易障壁に対処する。われわれはアメリカが公正に扱われるようあらゆる手段を使う 」と述べたらしい。

さらに深まる麻生氏への不信感

  麻生副総理兼財務大臣は早急に辞任願いたい。   これまでも 3/14の投稿 を始めとして複数回、彼を含む政府首脳や与党幹部らは、財務省の公文書改ざん問題に関する当事者意識が欠如しているのではないか?と指摘してきたが、昨日・3/29の参議院・財務金融委員会での発言はそれを裏付けるような内容で、しかも事実と異なる部分も多分に含むかなり酷いものだった。こんな人物が最終責任者を務めていたから、改ざんなんて前代未聞の大事件が起きたように自分には思える。また、彼が大臣である限り、数日前に首相がこの問題の”けじめ”として挙げた再発防止策の徹底なんて難しいだろうとも思う。何より彼が、我が国の副総理大臣というNo.2のポジションにいること自体が恥ずかしいとすら思う。

テレビ番組で視聴者ツイートを表示することの功罪

 今朝のMXテレビ・ モーニングCROSS を見ていて政治的公平性・偏向・愛国心などが取り上げられたいくつかのニュースの中で話題に上っていたが、これらには共通点がある。それは、どれも明確な定義が簡単に出来るようなものではなく、人それぞれで解釈・定義・感覚が異なるものであることだ。放送中に画面に表示される視聴者ツイートで、これらに関する主張をしている人の一部には、まるで自分の感覚が唯一の正解で、その他は全て間違いであるかのような印象の主張があった。恐らくそのようなツイートをする人は、 自分の主観、自分以外の誰かの主観、そして誰かの主観ではない客観の区別 が出来ていない人なんだろうと想像する。また、そのようなツイートがテレビ画面に表示されることで「テレビで取り上げられているのだから、それほど間違った見解ではないはずだ」と感じる人が、少なからずいるのだろうという不安も感じる。

佐川氏証人喚問に思う事

 昨日国会で行われた佐川・元理財局長の証人喚問。久しぶりにNHKの国会中継を録画して最初から最後まで目を通した。自分の率直な感想は「 行政への信頼性だけでなく、国会の権威も地に落ちている 」だった。喚問が行われる前の、大方の予想通り、佐川さんは刑事訴追の恐れを理由に軒並み証言拒否を貫いていたが、改めて目の当たりにするとそう思えてならなかった。喚問終了後、二階幹事長や菅官房長官ら、自民党や政府首脳は「 首相や財務大臣らの関与が無かったことは明らかになった 」という見解を示していたことにも強く落胆させられた。

看板だけやたらとでかい働き方改革

 東京都の、豊洲市場移転業務などを担当している部署の管理職3人が、部下10人以上に実際より 残業時間を少なく申告するように指示した ことが内部通報によって発覚したそうだ。 TBSニュース によると、発覚したのは昨年3月分の勤務について。支給されなかった額は合計90万円程で発覚後既に支給済みだそうだ。10人以上ということは、多くとも19人以下だろうから、一人当たり1か月で約5万円程度のサービス残業を強制されたことになりそうだ。しかも、一般企業に指導をしなければならない地方自治体で。しかも、電通過労自殺事件が取り沙汰されていたタイミングで。

印象操作

 昨年の今頃、国会審議の中で首相は再三「 印象操作は止めて頂きたい 」という文言を用いていた。自分は彼がこの文言を用いることに強い違和感を抱いていた。何故なら、 彼が「印象操作だ」と指摘する対象に、事実と明確に異なる表現があるとは思えなかった からだ。つい先日の国会答弁で首相は「 改ざんされる前の文書を見ても、私や妻が関わっていなかったということは明らかだ 」という旨の発言をしていた。確かに改ざん前の文書にも、首相や首相夫人が明確に国有地の不当な価格での払い下げに関わったとは書かれてはいなかったが、それだけで関わっていないことが明確化したとは到底思えない。逆に言えば、首相や首相夫人の関与が明らかになったとも言えない。要するに、 改ざん前の文書に関与に関する明確な記述が無かったというのが事実であって、「関与が無かったことが明らかになった」という首相の答弁は、彼の言葉を借りれば正しく印象操作である と、自分は思う。

フェイクニュース・偏向・極解

 3/22、NHKは放送記念日の特集として「 フェイクニュースとどう向き合うか ”事実”をめぐる闘い 」と言う番組を放送した。番組の中で、 フェイクニュースがどうしてこうも拡散されてしまうのか、ということについて、既存メディアの信頼性が低下していると感じる人が増えたということをその要因の一つとして紹介 していた。  自分は厳密には日本での状況しか知らないので、日本に限った話だが、確かに、テレビや新聞などの大手メディアが特定の事案について取り上げるか否か、又は表現方法、取り上げた場合の時間や情報の量などについて、自分も適切ではないと感じることは多々ある。例えば北朝鮮のミサイル発射に関しては、連日大騒ぎしすぎだと感じていたし、先日のオリンピックに関しても過剰に時間を割きすぎだと感じていた。また、 3/23の投稿 でも書いたように、東京都の迷惑防止条例改正に関しては取り上げられなさすぎだと思っている。