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香港政府を反面教師に、香港市民を手本にしなければ日本も…


  容疑者の身柄を中国本土へ移送できるようにする「逃亡犯条例」に抗議するデモが6/9に香港で行われ、100万人が参加したことに、6/10の投稿で触れた。その後もデモは断続的に行われ、一部で警察が催涙弾や暴力を用いて排除を行う事態にも発展したが、天安門事件の再現のような、多数の犠牲者が出る事態だけは回避された。
 6/10の投稿では、米・ロサンゼルスやサンフランシスコ、ニューヨーク、カナダ・バンクーバーでも、香港のデモを支持する抗議集会が小規模ながら行われたという話に触れたが、日本でも6/13に、香港の在日大使館に当たる香港経済貿易代表部前と渋谷 ハチ公前にて、「香港の自由と民主主義を守る緊急行動」と題した支援デモが行われた(神奈川新聞「香港デモ応援、都内で抗議集会 「自由と民主主義のため」」)。
このデモを呼びかけたのは、「『辺野古』県民投票の会」代表を務めた元山 仁士郎さんらだ(朝日新聞「香港がんばれ! SEALDs元メンバーら 東京でデモ」)。元山さんのツイートを見ていると、普天間基地の辺野古移設反対の意思を何度も示しているのに、ことごとく政府に無視される沖縄の境遇と、人口の1/10以上に相当する100万人が参加するデモが起きても尚、逃亡犯条例を成立させようとする香港政府の関係に重なる部分を感じ、デモで支援しなくてはならないという思いに至ったようだ。


 ハフポスト/朝日新聞は、6/15に「「逃亡犯条例」改正を先送りか 香港政府が15日にも発表」という見出しの記事を掲載した。見出しの通り、逃亡犯条例改正案について、香港政府が成立の先送りを決めたそうだ。ハフポストは「香港政府、逃亡犯条例改正を当面延期 「私たちのやり方が至らなかった」」という見出しの記事も掲載している。
 香港議会での逃亡犯条例改正案の成立がひとまず回避されたことは、香港市民の訴え・反発や、民主主義・自由主義を重んじる他地域市民による支援デモ、他国の政府からの懸念表明などが一応実ったということだろうが、香港政府の立場はあくまで「逃亡犯条例改正案成立の先送り」であって「撤回」ではない

 香港政府のこの意思表示は、先月話題になった長谷川 豊氏の差別的な発言に対して、日本維新の会が示した見解に非常によく似ている。長谷川 豊氏の差別的な言動については、5/23の投稿「都民ファースト・維新に対する共通した懸念」で書いたのでそちらを参照して欲しい。
 長谷川 豊氏はこれまでにもしばしば差別的な発言を繰り返してきた人物だが、維新は2017年衆院選で公認・擁立し、彼は日本維新の会千葉1区の支部長に就任していた。今年・2019年の参院選でも公認を受けて立候補する見通しだった。5/15に、彼が被差別部落への差別を助長する発言を講演の中でしていたことが明るみになり、彼に対する批判が高まると、維新は「長谷川氏への公認を当面、停止する」と発表した(朝日新聞「長谷川氏の公認停止 維新・松井代表「かばう余地なし」」)。朝日新聞の見出しには維新代表・松井氏の「かばう余地なし」という見出しが用いられていが、かばう余地がないのに何故か処分は公認取り消しではなく、公認を当面の間停止するという内容だった。当面の間停止するということは、つまり「ほとぼりが冷めたら再び公認する」と言っているのだろう。「それは邪推ではないか?」という話も聞こえてきそうだが、およそ1週間後に「長谷川氏の公認を取り消す方向で検討している」という見解を松井氏が示している(毎日新聞「差別発言の長谷川氏 維新が公認取り消しへ 参院選比例」)。つまり、維新はとりあえず公認停止という処分で様子を見る姿勢だったが、それでは事態を収束させることが出来ず、目前に控えた参院選への悪影響を考慮して「公認取り消し」の意向を示したということだろう。
 因みに、その後「公認が取り消された」とする続報が見当たらないので、維新は結局今も、長谷川氏を再び擁立することを目論んでいるのかもしれない。ただ、当の長谷川氏本人は、一度は当該発言について謝罪したにもかかわらず、6/10のブログ投稿の中で再び「発言の一部を切り取られた不当な批判」であると言いだし、謝罪も「維新・馬場幹事長に言われた通りに形式上しただけ」かのような主張をしている。また、公認取り消しについても、彼のブログによれば決定したようで、この内容が事実であれば、流石に再び擁立されることもなさそうだ。
 少し香港政府の示した「逃亡犯条例改正案成立の先送り」とは話がずれたが、香港政府も、長谷川氏の件に関して当初維新が示した立場同様、

 ほとぼりが冷めたら逃亡犯条例改正案成立させる


つもりなのだろう。

 「私たちのやり方が至らなかった」も、結局は「将来的には逃亡犯条例改正案を成立させる」と言っているにも等しい話だ。この論法は、日本の首相の言う「真摯な受け止め、丁寧な説明」にそっくりだ。
 現政権がこれまでに強硬な手法で採決を行った特定秘密保護法・集団的自衛権を容認する安保関連法、所謂共謀罪法、そして昨年末に可決成立した入管難民法改正案、更に森友学園の土地取引に関する疑惑、加計学園の認可に関する疑惑の問題など、どの事案に関しても当該案件が主に取り沙汰された国会閉会後の世論調査では、「納得できない」という旨の見解をもつ国民が多数派であることが示され、その度に安倍氏は「真摯に受け止め、丁寧に説明する」等と述べてきたが、どの事案についても、結局その後それまで以上の話は出てこないし、というかそもそも説明の場を設けようという素振りすら見えず、「丁寧な説明」とやらがされているとは到底思えない。「丁寧な説明をする」と言いつつしないのだから、「真摯に受け止めている」なんて言葉も信用出来る筈がない。
 つまり
 安倍氏の言う「真摯な受け止め、丁寧な説明」は「ほとぼりが冷めて国民が忘れるのを待つ」とほぼ同義 
だし、
 香港政府が示した「私たちのやり方が至らなかった」も、「次はもっと狡猾且つ巧妙に成立を目指す」と言っているのとほぼ同義 
だろう。


 ハフポストの記事「逃亡犯条例、改正は延期されたけれど...民主活動家はデモ続行を表明「反対活動はまだ終わっていない」」で、香港の民主活動家で政治組織「デモシスト」幹部の周庭(アグネス・チョウ)さんの見解が紹介されているように、それは香港の人達も充分承知している筈だ。一応香港では1997年の返還時に中国が高度な自治、所謂一国二制度を認めており、民主主義があることになっているが、2014年に香港で起きた雨傘運動(Wikipedia「2014年香港反政府デモ」)は行政長官候補が親中派に限られることへの反発だったし、現在の香港では中国政府に従順な者しか議員になれない状況になっている。
 そんな地域の行政の長が示すのと同様の、実質的には「ほとぼりが冷めるのを待つ」という趣旨の、いい加減な説明を何度も繰り返しているのに、そして沖縄県民が何度も明確に意思表示をしているにもかかわらず、それに対して当該地域以外で抗議の声も上がらなければ、投票行動で異議が示されることもない日本の現状は、香港以上に異常な状況であると言えるのではないか。

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