スキップしてメイン コンテンツに移動
 

今の政府が続けば状況は更に悪化する

 日本の夏まつりと言えば、その多くはお盆に関連する祭りだ。各地で行われる盆踊りはその典型的なもので、やぐらを組んで太鼓を鳴らし、その周りをみんなでぐるぐると回りながら踊るのが一般的なスタイルだ。お盆は概ね8/15前後だが、その時期に郷里に帰省する人が多い新興住宅地などでは、それより前、もしくは後に時期をずらして行われる場合もある。


 以前にも書いたことがあるかもしれないが、母親の出身地は九州と遠く、毎年のように帰省できるような裕福な家庭でもなかったし、父親は祖母とすこぶる不仲且つ宗教心が薄く、全く墓参りをしない人だったので、自分にも墓参りをする習慣がない。墓参りした記憶は祖父の一周忌の1度だけしかない。
 自分のように全く墓参りをしない人、実家が比較的近い人にとっては、お盆や年末年始の帰省というのはあまり関係のない話だ。毎年その時期になると所謂帰省ラッシュが始まったとか、ピークを過ぎて今度はUターンラッシュだとかそんな話題は目にするので、自分のようなタイプはどちらかと言えば珍しいんだろう、と感じている。

 今年のお盆は、新型コロナウイルスの感染再確大が深刻な状況で、8/7にはこれまでで最多の1605人の新たな感染が確認された。

全国で“最多”1600人超感染 東京都は462人

 感染者数が再び増え始めたのは6月下旬からで、それから今日まで約1ヶ月半の間、勿論日によって増減はあるものの、「新型コロナウイルス感染症まとめ - Yahoo! JAPAN」のグラフを見れば一目瞭然のように、明らかに感染者数は増加している。


 もう既に新規感染者数は緊急事態宣言がなされた4-5月を超えている。しかし政府は6月下旬以降、未だに具体的な対応を一切していない。官房長官は8/7の会見で、

直ちに基本的対処方針の変更が必要となるとは考えていない

と述べており、最早対策対応を放棄していると言わざるを得ない状況だ。

コロナ対処方針変更せず 菅官房長官:時事ドットコム

 もう何度も書いていて本当に虚しさだけが募るばかりだが、現時点で発覚する感染者数は凡そ2週間前の結果であり、何も対応がなされていないので、今後2週間は更に状況が悪化することが強く推測される。

 お盆の帰省について、コロナ危機担当大臣と官房長官の言っていることが食い違っていること、担当大臣がお盆の帰省について自粛を求めつつ、旅行促進政策に問題はないという見解を示しているという、支離滅裂で詭弁に満ちた状況であることは8/5の投稿で既に指摘した。担当大臣の西村は、8/8にも再び「お盆の帰省を控えろ」という主張をしているのだが、

お盆の帰省 「高齢者の感染リスク下げて」西村経済再生相 | 新型コロナウイルス | NHKニュース

 その前日の8/7、いくつかの週刊誌が、7/29に西村大臣を囲む会なる、100人規模でビュッフェスタイルのパーティを開いていた(厳密には支援者がパーティを開き西村自身も出席していた)と報じた(西村コロナ対策大臣「支持者100人」を集めパーティ開催の無神経 | FRIDAYデジタル)。
 会場の広さを考えると、参加者の間に充分な距離が保たれていたとは考え難い状況だったそうだし、西村自身が、夜の街、夜の街と連呼して、接待を伴う飲食業などをまるで感染拡大の元凶かのように槍玉に上げていたのに、マスクを外す必要のあるビュッフェスタイルの、100人規模のパーティを支援者が開いても懸念を示すことなく、自らも参加するとは、一体どんな緊張性の高いパーティだったのだろうか。全くその感覚は理解できない。
 7/29と言えば既に4-5月と同程度かそれ以上の新規感染者が報告されていて、それ以前の状況に鑑みれば、その後更に状況が悪化することは容易に想像できたはずだ。
 

 昨日の投稿でも書いたように、首相が稀代の詭弁屋なのだから、その周辺を含めこんな状況に陥るのは当然と言えば当然だ。こうも毎日書くことに事欠かない程、首相や政府関係者の詭弁や矛盾に満ちた言動が出てくるのに、なぜ与党政治家はその不備を積極的に指摘しないのか。なぜメディアは積極的に批判しないのか。なぜ有権者の多くがまるで他人事かのように無関心でいられるのか。
 「“うがい薬発言”で殺到した客や問い合わせ。ドラッグストア店長の苦悩「満身創痍な状態が続いている」 | ハフポスト」を読んで、吉村や松井など維新の政治家に投票した大阪の有権者は肝に銘じて欲しい。いい加減な者を選ぶと大変なことになる。今回の騒動の一因は、あんな首長を選んだ有権者にもある。と強く感じたが、同じ事が、関東大震災の際に虐殺された朝鮮人への追悼文を今年も出さないと宣言した小池を再び都知事に選んだ都民にも、そして消極的にだろうが
現政権を選び、且つ批判も指摘もしない多くの日本人にも言える。

 トップ画像は、みなとみらい大盆踊り | CONTAX T3 + Kodak 400 | muratama | Flickr を加工して使用した。

このブログの人気の投稿

マンガの中より酷い現実

 ヤングマガジンは、世界的にも人気が高く、2000年代以降確立したドリフト文化の形成に大きく寄与した頭文字Dや、湾岸ミッドナイト、シャコタンブギなど、自動車をテーマにしたマンガを多く輩出してきた。2017年からは、頭文字Dの続編とも言うべき作品・MFゴーストを連載している( MFゴースト - Wikipedia )。

話が違うじゃないか

 西麻布に Space Lab Yellow というナイトクラブがあった。 一昨日の投稿 でも触れたように、日本のダンスミュージックシーン、特にテクノやハウス界隈では、間違いなく最も重要なクラブの一つである。自分が初めて遊びに行ったクラブもこのイエローで、多分六本木/西麻布界隈に足を踏み入れたのもそれが初めてだったと思う。

世界は欧米だけじゃないし、外国人は白人だけじゃない

 このブログでも何度か取り上げている所謂外国・外国人バラエティ番組。自分は基本的に外国人を扱うバラエティ番組が好きだ。日本に来る・来てはいないが興味を持っている外国人を紹介する番組などでは、日本に住んでいると当たり前過ぎて意識しないような事や、日本人が見落としている自国文化などを再確認・再認識できるからだ。  カメルーン人の母と日本人の父の間に生まれ、現在タレント・漫画家などとして活動している星野ルネさんが、11/25にこのようなマンガをツイッターへ投稿している。 何に興味を持ち、それが人をどこへ運ぶのか、気がついたらこんなところまで来てたなって感じがいいですね。フォローで応援、気がついたらここにいましたね。リツイートで誰かが打楽器を叩きます。いいねで子供が綺麗な石を発見します。 #漫画   #エッセイ   #音楽   #嗜好   #ローマ   #江戸   #宇宙人 pic.twitter.com/rP8vb6sQhS — 星野ルネ (@RENEhosino) 2018年11月25日 その国の人が自国の事に詳しいとは限らない、というのは世界共通のあるあるのようだ。また、日本にいる外国人を取り上げた番組だけでなく、外国に出向いてその国に住んでいる日本人を取り上げたり、日本に興味を持つ人を取り上げるタイプの番組も、日本ではあまり知られていない他国の文化等を紹介してくれるので興味をそそられる。

馬鹿に鋏は持たせるな

 日本語には「馬鹿と鋏は使いよう」という慣用表現がある。 その意味は、  切れない鋏でも、使い方によっては切れるように、愚かな者でも、仕事の与え方によっては役に立つ( コトバンク/大辞林 ) で、言い換えれば、能力のある人は、一見利用価値がないと切り捨てた方が良さそうなものや人でも上手く使いこなす、のようなニュアンスだ。「馬鹿と鋏は使いよう」ほど流通している表現ではないが、似たような慣用表現に「 馬鹿に鋏は持たせるな 」がある。これは「気違いに刃物」( コトバンク/大辞林 :非常に危険なことのたとえ)と同義なのだが、昨今「気違い」は差別表現に当たると指摘されることが多く、それを避ける為に「馬鹿と鋏は使いよう」をもじって使われ始めたのではないか?、と個人的に想像している。あくまで個人的な推測であって、その発祥等の詳細は分からない。

日本国憲法には「天皇奉戴」は明記されていない

 伊勢崎市議会議員の伊藤純子さんという方の、とんでもないツイートがタイムラインに流れてきて心底驚いた。それが 日本国憲法には「天皇奉戴」が明記されていることから、左翼・反天皇思想こそ、憲法に反しています。 日本人の感覚に「主権」という言葉は合わない、むしろ煩わしいように感じます。脈々と継承される立憲君主制を守るためにも、再度、帝国憲法の誕生に注目し、改憲に臨まれることを期待したいです。終 — 伊勢崎市議会議員 伊藤純子 (@110junkoito) 2018年8月13日 これだ。このツイートは、スレッド化された一連のツイート群の中の一つなのだが、このツイート1つだけでもツッコミどころを満載している。まず「 天皇奉戴 (ほうたい)」という耳慣れない言葉だが、これは「天皇に首長になって頂く」のようなニュアンスの表現で、何よりこの文言自体も日本国憲法に用いられていないし、内容的にも日本国憲法第1章1条に  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く と定められているので、「日本国憲法には「天皇奉戴」が明記されている」は明らかに誤った解釈である。どうも彼女は、天皇大権が定められていた大日本国憲法と、戦後に出来た日本国憲法を混同しているらしい。もしくは、戦前からタイムスリップしてきたばかりで日本国憲法の内容を適切に理解出来ていないのだろう。