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現在の日本の与党は寡頭統制党

 「自由を尊重もしないし、民主的でもない党なのに自由民主を名乗る党」と題した投稿を6/28に書いた。旧東ドイツの国名が「Deutsche Demokratische Republik / German Democratic Republic / ドイツ民主共和国」だったことや、北朝鮮の正式名称が「Democratic People's Republic of Korea / 朝鮮民主主義人民共和国」であることなどと、自由民主党は同じ状況に陥っている、という内容だった。


 6/28の投稿では「自民党は自由でも民主でもない党」としたが、この投稿では更に踏み込んで

 自由民主党の実態は寡頭統制党

である、とする。寡頭とは民主と相対する言葉で、政治権力を特定少数の人々が握っている支配体制であり、ヒトラーや金一族のような単独独裁でなく、例えば中国共産党一党独裁体制の様な政治体制がそれに当たる。統制は自由の対義語の一つで、国家など権力が一定の計画や方針に従って行動を制限することを意味する。

 なぜ自由民主党の実態は寡頭統制党と言えるのかといえば、安倍の首相辞任を背景に行われる総裁選について党執行部は、「政治空白が生まれないように」「短期間で総裁を選出できるように」という話を大義名分とし、党員投票を行わず両院議員総会だけで次の総裁を選ぶことを、地方支部や党員の反対を押し切って決めたからだ。

自民党総務会、総裁選の手続きなど協議 “党員投票”求める声も|TBS NEWS

自民党総裁選、「負けました」党員票は3分の1に|TBS NEWS

 後者の記事にもあるように、党員投票を行わない場合には現官房長官の菅に有利に働くという指摘が各所でなされている。菅は自民党が野党だった2011年8/27に自身のブログへ、震災対応と統一地方選挙の敗北を理由に当時の首相・菅 直人氏の退陣を受けて行われた民主党代表選について、震災/原発事故対応の緊急性を理由に党員投票を行わなかったことに関して(2011年民主党代表選挙 - Wikipedia)、

自民党が総裁を選ぶ際には、全国で遊説を行いって国民に広く考えを示し、政策論争を深めてきました。 谷垣総裁も、国会議員だけでなく党員・党友も投票して選ばれています。 しかし、民主党はたった2日の選挙戦で、議員の投票だけで代表を選ぼうとしています。 民主党内で政策論争はほとんど見られず、候補者は民主党議員の顔色をうかがい、多数派工作に終始しています。

と投稿している。これは明らかに現在の自民党がやろうとしていることと矛盾する

民主代表選:無責任体質は変わらない | すが義偉の「意志あれば道あり」 Powered by Ameba

だが、菅がこれに異論を呈したという話は一切聞こえてこない。それどころか、記者会見で「党員投票を行うべきか」「ポスト安倍については過去の会見でも『まったく考えていない』と言っていたが、いつ考えが変わったのか」と聞かれても、都合が悪いのか、

この場は政府としての見解を申し上げる場。総裁選についてのコメントは差し控える

と、いつものように詭弁を弄して逃げるばかりだ。

「次の総理」急浮上の菅義偉氏にブーメラン。「党員投票は行うべき?」という質問に… | ハフポスト

前述のブログの中で菅は「与党の代表を選ぶことは、日本の総理大臣を決めることであり、本来なら候補者が自らの考え、政策を広く国民にも示し、議論を深めるべきものです」とも述べている。実質的に首相を決める選挙に関する質問なのに、官房長官記者会見は政府としての見解を述べる場だからコメントしない、と言うのは詭弁だ。なぜ記者は「次期首相を決める選挙の方法/あり方に関する話で、民主主義や政府とも密接に関わる話だし、特定候補を支援する/推すような発言でなければ、官房長官の立場でコメントしても問題はないのでは」と詰めないのか。

 これは、これまでにも再三あった筋の通らない話のごり押しという現自民党政権の得意技というだけで、だから自民党の実情は寡頭統制党だ、というのは話が飛躍しているのではないか?と思う人もいるだろう。しかし、

 党員の意向にすら向き合うことをしない党が、果たして一般有権者の声に耳を傾けるだろうか

という強い懸念が生じるし、

 政治空白が生まれないようにと言うのに、なぜ自民党は国会招集要求に応じることに否定的なのか

という大きな疑問と矛盾も生じる。 国会という民主主義の根幹をなす機関の機能を停滞させておいて、政治的空白が生まれないようになんて話はまさにご都合主義の最たる例であり、つまり民主主義を形骸化させ、官邸などの一部で全てを決めてしまおうという党にしか見えないし、党員の意向にすら向き合わずに、議員だけで総裁を決める党は、その内参議院を廃して貴族院同様に選挙以外で議員が選ばれる議会を作りかねないとも感じる。そんなことになれば日本は、中国や北朝鮮のような、見せかけだけの議会/民主主義の国になってしまいかねない。そもそも、国会招集要求に応じないことは憲法53条の規定/理念に反する。その時点ですら既に自由民主党ではなく寡頭統制党と言っても過言ではない。
 今の自民党主流派がやろうとしている事は、自分達にとって都合の悪い選挙制度を捻じ曲げることであり、トランプが自分に都合の悪い郵便投票を潰そうとしているのと同じだ(今アメリカで大騒動の郵便投票を巡るバトルとは?「投票する権利を破壊」とテイラースウィフトもトランプ大統領を痛烈批判 | ハフポスト)。

 昨日の投稿でも触れたが、有権者のおよそ半分がそんな党に再び投票する、と言っているのが日本の現状である。独裁や強権政治はいきなり成立するものではなく、徐々に外堀を埋めるように近寄り、有権者が気づいた時には既に型にはめられているものだ。本当に大変なことになってから慌てても、時既に遅しということにしかならない。例に挙げるのは気が引けるが、例えばこの数年の香港のように。

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