毎日新聞 校閲センターのツイッターアカウントが、敷居が高い、に関するツイートをしていた。敷居が高いは本来、不義理や面目のないことがあって行きにくい、場合に使う寛容表現なのだが、高級すぎたり上品すぎたりして入りにくい、の意で使う人がかなり増えている。
当該ツイ―トがリンクしている毎日新聞のことばの質問に関するWebページ「庶民的な店なら「敷居が低い」という? | 毎日ことば」にも、
毎日新聞の記事を検索しても「画廊は敷居が高い」「警察への相談は敷居が高い」といった使い方ばかり。「不義理」の文脈はごく少数です。
とあり、本来は、ハードルが高い、などに訂正すべきなのに、最早大新聞の記者も校閲も誤用を訂正しない状況のようだ。
このように、誤用・誤認の定着によって意味が変わったり、新たな意味が付加される言葉は決して少なくない。それは言葉は生き物と言われる所以だ。個人的には、本来の意味でない、高級すぎたり上品すぎたりして入りにくい、の意で敷居が高いという表現を使う気にはならないし、そのような用法には確実に違和感を覚えるものの、かと言っていちいち訂正する気にもならないようなくらい本来の意味でない用法が溢れていて、今更どうにかなるものでもないとも思う。
敷居が高いのような誤用は、定着してもそれ程大きな問題は生じない。しかし誤用が定着すると問題が生じることもある。
自分はクルマが好きなので自動車関連のYoutube動画をよく見る。クルマいじりの基本と言えば、まずはホイールを純正から好みのものに変えることだ。この自動車のホイールに関する動画はかなり多い。そしてそこに看過できない誤用・誤認が広まっている。それはホイールのサイズ表記に関する表現だ。自動車ホイールの仕様は、例えば
17×7J +48 100-5H
のように表現する。これは、リム径 17インチ /リム幅 7インチ /フランジ形状・J /インセット48mm /ナット座ピッチ直径(P.C.D.) 100mm /ボルト穴数 5 を示している。これらは全て、そのホイールが自分のクルマに合うかを調べるのに必要な数値だ。それぞれの数字の詳細は次のWebページで詳しく解説している。
「17×7J」の「J」の意味、わかりますか? クルマ好きでも意外と知らない「ホイール」の基礎知識 | AUTO MESSE WEB
誤用・誤認が広まっているのは、リム幅とフランジ形状を示す ○○J に関してで、本来その数値の単位はインチであるのに、これを J数 と表現する、あたかも J がホイールの幅を示す数値の単位であるかの様な誤用が広まってしまっている。J はホイール幅を示すサイズの単位ではなく、リムの外側にあるフランジの形状を示す規格で、J が圧倒的多数だが、他に B や JJ などのフランジ形状もある。具体的には、
- B:リム面からフランジの高さが14mm、フランジの厚み(幅)が10mm
- J:リム面からフランジの高さが17.5mm、フランジの厚み(幅)が13mm
- JJ:リム面からフランジの高さが18mm、フランジの厚み(幅)が13mm
となり、フェンダー内ギリギリを狙うセッティングやタイヤ選びに関して、同じリム幅でもフランジ形状の違いが影響を及ぼすこともある。
現在は、ユーザーやユーザーに近い側のYoutubeチャンネル運営者だけでなく、自動車整備やパーツ販売、車両販売業など業界側のYoutubeチャンネルですら J数 と言ってしまっているような状況だ。これでは ホイールの幅は J という単位で示される、という誤認が広まってしまう。数値の単位に関することなので、流石にこれは誤用が定着したらまずい例だろう。
自動車関連では他にも誤用の定着があって、例えば日本語では自動車の舵のことをハンドルと呼ぶが、Handle とは本来、レバータイプや握り手形状のドアの開閉用部位や、バッグの持ち手部分などのような、柄のような形状のものを意味している。だからバイクの場合にはハンドルバーで良いのだが、輪になっている自動車の場合は、英語ではハンドルとは呼ばずに Steering wheel / ステアリングホイールと呼ぶ。
ハンドルの説明で例に出したバイクという表現も、1000ccのスポーツバイクを Superbike と表現するなど、一切用例がないわけではないが、英語では基本的には自転車を意味し、日本語でいうバイクやオートバイのことは、Motorcycle とか 単に Moto と表現する。
コトバンクの解説によると、オートバイは自動二輪の登場初期に英語で Autobicycle と呼ばれていたのを略して生まれた日本語だそうで、Wikipedia の解説によれば、アメリカでは Autobike と呼んでいた時期があるそうで、日本語のバイクはそれに由来するのだろう。
英語にも、イギリス英語とアメリカ英語で異なる表現が存在するし、オーストラリアやニュージーランドの英語も、イギリス英語よりではあるが、やはり差が存在する。だから日本独自の和製英語があっても全然構わないとは思うが、和製英語の多くは英語話者には意味が通じないし、場合によっては別の意味になってしまうこともある。だからできるだけ英語話者にも通じる英語表現を日本語として取り入れるほうが色々と都合がよいのは事実で、誤用は広げないに越したことはない。
誤用のような間違った認識、適切とは言えない認識はなぜ広まってしまうのか。それは間違いなく広める人がいるから広まるのだ。例えば、現在英語圏ではほとんど通じないオートバイという表現が日本に定着したのは、1923年(大正12年)に月刊誌・オートバイが発売されたことがきっかけなのだそうだ。J数 という間違った表現も、自動車関連のブログやYoutubeチャンネル、しかも自動車業界の関係者までが使い始めてしまったことによって、昨今広まりつつある。
つまり、誤用のような間違った認識、適切とは言えない認識は影響力のあるメディアによって作られる側面がある。大手新聞社が「記事を検索しても「画廊は敷居が高い」「警察への相談は敷居が高い」といった使い方ばかり。「不義理」の文脈はごく少数です」と、誤用を訂正しないことが更に誤用を広げた側面も間違いなくあるはずだ。
それは、昨日の投稿で指摘した自民・河井元法務大臣による巨額の買収事件に関しても言える。東京新聞は、昨日の投稿で取り上げた記事の続報として、
河井元法相、懲役3年が確定 参院選買収、控訴取り下げ:東京新聞 TOKYO Web
という共同通信配信記事を掲載しているが、やはりこの記事にも、買収資金の出どころは未解明、という記述はない。
共同通信は地方紙の多くが契約している通信社であり、このような、買収資金の原資は解明されていないと書かず、あたかも事件は全面終結したかのように暗に演出する記事を多数の地方紙が掲載すれば、これでこの件は終わり、という適切とは全く言えない認識が広まってしまう。勿論共同通信に限らず、同種の記事を書く他の大手メディアや、そう補完する記事を掲載しない地方紙にも同様の問題がある。
嘘を書くことは間違いなく不誠実な報道だが、書くべきことを書かないことも同様に不誠実な報道だ。誰だって、言うべきことを言わないのは不誠実だ、と思ったことがあるだろう(10/9の投稿)。嘘はついていない、ということが、必ずしも誠実とは限らない、ということだ。
トップ画像には、タイヤのフチ ホイールのリム 車輪 - Pixabayの無料写真 を使用した。