本当と嘘の間にはグラデーションがある。万引きしたのに「してない」と主張するのは明らかな嘘だ。だが、黙秘するのはどうか。「してない」とは言っていないから明らかな嘘ではないとも捉えられるし、したのに「した」と言わないのだから嘘をついている、と捉えることもできる。
嘘に当たるかどうかは、当事者らの関係や置かれた立場、その時々の状況によっても線引きが変わる。取調べや裁判などでは、言いたくないことは言わなくてもいい権利、黙秘権が法的に認められている。つまり冒頭の話に関して言えば、万引きをしていても被疑者は「した」と証言しなくてもいいことになっている。これは自白強要などを防止する観点での取り決めだ。この場合、都合の悪いことを黙っていることは嘘にならない。
しかし、売買契約を結ぶ場合、売主は瑕疵担保責任を負うことになっている。売買の際に分からなかった欠陥や傷などが後に発覚した場合でも、売主はそれについて責任を負わないとならない、ということだ。欠陥などを隠して買主に伝えずに売買契約を結ばせることを防止する為の仕組みだ。この場合は、都合の悪いことを黙っていることが嘘の範疇になる、と言ってもいいだろう。
とは言っても、それでも線引きは曖昧で、日本の捜査機関では、黙秘権の趣旨を無視した自白強要がしばしば行われるし、都合の悪い点をしっかりと説明せずに、契約書の隅に小さく書いておいて契約を結ばさせるようなこともしばしば行われる。個人的に性質が悪いな、と思うのは、携帯電話回線業者などが実質0円と謳い、あたかも端末料金がタダかのように見せかけ、しかし回線契約を解約しようとすると、端末代を払って貰うと言い出すやり方などだ。現在は実質0円とは謳えないことにはなっているが、手を変え品を変え、携帯電話やインターネット回線契約における同種の手法は今も続いている。
瑕疵担保責任が法的に定められていても、2019年1/14の投稿でも指摘したように、テレビやYoutubeなどの短い動画CMは都合のいいことしか言わないし、都合の悪いことは絶対読めないような秒数の画像で表示するだけだ。表示するだけまだましとも言え、都合の悪いことには一切触れないCMも確実にある。
都合のいい、耳障りのよいことばかりアピールするのは政治家も同じだ。特に選挙が近づくと、調子のいいことばかり言い始める。
2017年の衆院選で、自民党は「全ての子どもを対象にした保育の無償化」を公約に掲げ、選挙に勝利し与党の座を守った。だが自民政権は選挙が終わった途端にその公約を破り、認可外保育園を対象外にしようとした。自民の言い分は、富裕層には相応の負担をして貰う、のような話だったが、当時も保育園全入化は実現しておらず、負担の少ない認可保育園に子どもを預けられず、仕方なく認可外に預ける人も少なくない状況で、当然のように「全ての子どもを対象にという公約を無視するな」という批判が起こった。その結果、認可外に関しては全国平均の保育料を上限に補助となったが、それは決して「全ての子どもを対象にした保育の無償化」ではない。
新たに自民党総裁、衆院選までの暫定的な首相になった岸田は、「生まれ変わった自民党をしっかりと国民の皆さんに示す」と言っていた。だが、自民党に生まれ変わる様子は微塵も見られない、という話は、10/1の投稿、10/7の投稿
で書いた。
それは、昨日・10/8に岸田が衆院本会議で行った所信表明演説からも如実に感じられた。
【全文】岸田文雄首相が所信表明演説「日本の絆の力を呼び起こす。それが私の使命」:東京新聞 TOKYO Web
岸田は所信表明の中で、
われわれは、家族や仲間との絆の大切さに改めて気付きました。東日本大震災の時に発揮された日本社会の絆の強さ。世界から賞賛されました。危機に直面した今こそ、この絆の力を発揮するときです。全ての人が生きがいを感じられる、新しい社会を創っていこうではありませんか。日本の絆の力を呼び起こす。それが私の使命です。
と述べたが、家族や仲間との”絆”の大切さとは、まさに前首相スガが言っていた自助/共助の言い換えでしかない。菅政権から生まれ変ってなどいないし何も変わらない。政治がすくい上げないといけないのは、家族や仲間などのリレーションシップから外れたり取り残されたりした人だ。”絆”を強調することには、自分達でなんとかしろ、を強く感じる。また、”新しい資本主義”がどうのと言いつつ、前々首相アベや前首相スガの所謂アベノミクスと何も変わらないことをやると言っているし、核兵器のない世界を目指すと言いつつ、核兵器禁止条約批准には一切言及しなかった。丁寧な説明、対話による信頼を地元と築く、と言いつつ、辺野古の基地移設工事は進めるとも言っている。
その他も含め、何から何まで「くちだけ」でしかなかった。
自民党は10/8に衆院選公約を公表したそうだ。その中には”無料のPCR検査所の設置”も含まれているが、世界中でスタンダードになっている対応を、なぜこれまでやってこなかったのか。選挙の為のカードとしてこれまでやらずにいたのか。
改憲は「重点事項」、防衛費は増額 自民、衆院選の公約発表 コロナの無料PCR検査も:東京新聞 TOKYO Web
前回衆院選での「全ての子どもを対象にした保育の無償化」という公約を、選挙に勝ってすぐに反故にした自民党だから、その党が公約に何を書こうが、どんなにうまいことを言おうが、それを額面通りに受け取るのは、振り込め詐欺師の電話を真に受けて信用するようなものだ。”無料のPCR検査所の設置”も条件付きだのなんだのとか言い出しかねないし、誰もが利用できるようなものでなく、各県に1軒だけ設置なんてことかもしれない。
なんにせよ、これまでに「くちだけ」の実績が山ほどある人達の話を信用するのは愚の骨頂でしかない。
但し、先日の横浜市長選で立憲民主党や共産党が推して当選を果たした新市長に、既に様々な疑惑が浮上していることに鑑みれば、現野党だって少なからず選挙でおいしい話を強調するのは確実だ。勿論それでも日本の憲政史上最低の過去8年の政権に、今後も政権を続けさせたいとは思えないが、○○党だから、などと名前やブランドだけで物事を判断するわけにはいかない。
政治家は与野党問わず、すべからく選挙前にはおいしいことばかり強調する人達だ、と思っておくべきだ。