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自分に見える範囲が世界の全て、という誤謬

 「コロンブスの時代のヨーロッパでは教養人も地球平面説を信じており、マゼランの世界一周航海によってそれが反証された」という話は、事実とは言えないようだが、事実とは言えない部分は、多くの教養人も地球平面説を信じていた、という部分だろうから、近世以前は、地球は平面だと思っていた一般人も少なくなかったんだろう。

 地球はあまりにも大きい球体であるため、普段の生活で地球の丸さを意識することはほとんどないが、今では、飛行機に乗った際や高層建築物に設置された展望台からの眺めによって、地球の丸さを感じることが出来る。また、人工衛星やロケット、宇宙ステーションなどから撮影された写真や映像によって、明確に地球が球体であることを認識できる。だが未だに、地球は球体でなく平面だ、と思っている人も一部に存在しているようだ。

 自分の目に見える範囲が世界の全て、そんな感覚が恐らく、地球が球体のはずがない、のような感覚にさせるんだろう。同性婚や選択的別姓に反対する人たちの中には、「私の周りに、同性婚/別姓婚が認められなくて困っている人なんていない」のようなことを言う人たちがいるが、多分それと似たようなものだ。

 約1週間後の2022年4/1から、成人年齢が18歳に引き下げられる。これまで20歳未満は、未成年者取消権:本人が後から契約を取り消すことのできる権利の対象だったが、4/1以降は、成人年齢引き下げによって18-19歳がその対象外になる。その影響で、アダルトビデオ出演強要被害が若年層に広がるのでは、という懸念を、性的搾取防止に取り組む支援団体が示している、という話を、大手メディア各社が伝えている。

「高校生のAV出演、主流になりかねない」NPO法人が強要被害を懸念 4月からの成人年齢18歳引き下げに警鐘:東京新聞 TOKYO Web

 これについて、素っ頓狂な反応が多く見られる。20歳以上でも強要は違法なのにポイントがずれてるw とか、判断力があるということで18歳成人という法律に変わったんだから、高校生でも18歳以上ならAV出演は合法でしょ?w とか。

 なぜそんなにもこの話に難癖を付けたいのか。そこにはいろんな思惑があるだろう。単に若年者が出演するアダルトコンテンツを見たい、若年層が出演するアダルトコンテンツが増えると得をするから、などは容易に想像できるが、他にも、これに好意的な姿勢を見せているのは主に野党で、18歳成人法改正を進めたのは政府与党であり、政府与党を擁護して野党を貶したいという動機の人や、女性蔑視が背景にあって、女性が声をあげていること自体が気に食わない、なんて人もいるかもしれない。
 なんにせよ、誰も20歳以上なら強要OKとは言ってない。また、成人年齢引き下げが議論されている最中から、本当に18歳には充分な分別が備わっていると言えるか、という主張は少なくなかった。また、成人年齢が18歳に引き下げられても、飲酒や喫煙は引き続き20歳以上の年齢制限は変わらない。つまり、改正法が施行されても、18-19歳の判断能力や責任能力はこれまでと変わらず、20歳以上と同等ということにはならない
 そして、今ではAV業界でもコンプライアンスの重視が以前よりは進んでいるようではあるが、これまでに、と言うか近年まで実際にアダルトビデオへの出演強要事案があったのだから、成人年齢引き下げによって18-19歳が未成年者取消権の対象外となるタイミングで、そのような事案が再び増える恐れを懸念する人がいても、それは何も不思議ではない。そんなことから考えると、異論を唱えている人の大半は素っ頓狂、と言っても過言ではないだろう。


 現役のアダルトビデオ女優はどんな風に思っているのだろう、と思い、少し調べてみただけでも、2人の現役女優のツイ―トが見つけられた。まず1つ目は、霜月 るな のこのツイートだ。 Wikipedia によると、彼女は2010年にデビューしたそうなので、AV出演強要が社会問題になる以前からのベテランと言っていいだろう。それ以前も問題は存在していただろうが、出演強要や女優の権利軽視が社会問題化したのは2015年頃だ。

     彼女は「高校生のAV出演がトレンドになってたけど、ツイート見てたらAVゎ強要だの、汚い仕事だの、言いたい放題やなあ」と言っているが、それは少し乱暴だ。強要問題への懸念を示した団体と、記事を見てAV女優は汚い仕事だという反応を示している人たちを一括りにしてしまっている。各メディアの記事を見る限り、支援団体は決して、AVは全て強要で成り立っているとか、性産業全般を汚いかのように言っているようには見えない。あくまでも、強要が起きるなら問題でその懸念がある、と妥当な主張をしているようにしか見えない。
     また「今のAV業界に強要なんてまずないから。しっかりちゃんとそこゎ本人の意思ですか?と聞かれるし自分も同意してサインします」と言っているが、それは自分の見える範囲でのこと、という認識がなさそうだ。仕事に胸を張ってやっているなら、尚更、強要はありえない、なんて言わずに、強要が起きるなら問題だ、という意識でいて欲しい。彼女が言っているのは、「うちの学校でいじめなんてありえません!」とか言ってしまう校長と同じ様なことだ。
     現役AV女優という立場上、自分のいる業界が悪く言われたり、普段から心無い言葉も多いだろうから、AV女優というだけで蔑まれることに拒否感が強いのは分かる。しかし、それと強要問題への懸念を一括りにして敵扱いするのは妥当とは言い難い。

     もう1つは、2019年デビューの今井 夏帆によるツイートだ。

     一見彼女も、AV出演強要問題へ懸念が再び示されたことについて、嫌悪感を示しているようにも見えるが、彼女は、このツイートへのリプライにこんな反応を示してもいる。

     この反応から考えれば、彼女は、AV出演強要問題へ懸念が再び示されたことについて、嫌悪感を示しているのではなく、AVや性産業は搾取で成り立っている、かのような極端な主張に対して異論を唱え、偏見の目を向けるな、と言っているように見える。
     前述の霜月のツイ―トの「AVゎ強要だの、汚い仕事だの、言いたい放題やなあ」も、そのようなことを言っているとも解釈できるのだが、その後に「今のAV業界で強要なんてありえない」という話が繋がっているので、AVや性産業は搾取で成り立っている、かのような極端な主張に対しての異論を唱えているようには見えなくなってしまっている。
     もしかしたら今井も、高校生だろうが18歳ならAV出演を認めるべきだ、と思っているのかもしれないが、18歳は微妙な年齢で自ら妥当な判断が下せるかは本当に難しい、と言っていると解釈するのが妥当だろう。


     実際に、一部に、AVや性産業は搾取で成り立っている、だから全面的に禁止するべきだ、のような極端なことを言っている人がいることも事実だし、AV女優や健全な業界関係者が、そのような主張に異論を唱えるのは当然のことだ。自分もそんな話は極端過ぎて全く賛同できない。しかし、性産業では近代以前から従事する女性に対する搾取の構造がずっとあり続けてきた、こともまた事実であり、搾取や強要なんてありえない、とは口が裂けても言えない。
     何事についても、自分に見えている範囲が世界の全てと勘違いすると、極端な主張に陥ってしまう。自分がされて嫌なことを他人にしない、というポリシーを持つことには何も問題ないが、それを、自分がされて嫌なことは他人も絶対に嫌なはずだ、と誤解すると、話はおかしな方に行ってしまうし、逆に、自分が嫌でないことは他人も嫌ではないはずだ、と信じ込むと、同様に話がおかしな方向にいってしまう。



     トップ画像には、Orlando-Ferguson-flat-earth-map edit - 地球平面説 - Wikipedia を使用した。

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