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都合が悪いと忙しくなり、都合がいい事は忙しくても時間を割くタイプ


 日本の総理大臣は、大統領とゴルフをした、とまたツイートしている。
彼はトランプ氏と会談する度に、2人はゴルフをする中だとアピールするが、自分は自分の住んでいる国の首相がトランプ氏と親密だとアピールしていることを良く思えない。良く思えないどころか恥であるようにすら感じられる。それはトランプ氏が傍若無人で、白人至上主義を明確に非難しないような人物であり、更に国連決議に反してエルサレムをイスラエルの首都と認めたり、ゴラン高原の主権はイスラエルにあると認めるなど、中東に対立の火種を蒔く人物に他ならないからだ。


 日本の首相がゴルフで米大統領との親密さをアピールする一方で、韓国・中央日報は「近寄る安倍首相に「ストップ」と叫んだトランプ大統領…「レッドカーペット上の屈辱」」という記事を掲載している。次のツイートには、中央日報の記事で、近寄る安倍氏をトランプ氏が「ストップ」と制止した、とされている部分の動画がある。
懸案は55秒-1分05秒にかけての部分だが、自分にはトランプ氏が何と言っているのかは分からない。しかし、同じ場面を撮影した産経新聞のこの写真を見ても、メラニア夫人の誕生日会、そして安倍夫妻は来賓であるにもかかわらず、トランプ氏がレッドカーペットの中央に構えており、彼が誕生日であるメラニアさんや、来賓である日本の首相夫妻に対してあまり敬意を払っていないように見え、両者の関係は親密なようにも、対等であるようにも見えない。

 
 また、安倍氏がトランプ氏とのゴルフの中で「北朝鮮問題への対応、経済、G20大阪サミット、更には世界情勢に至るまで、様々な課題についてじっくりと話をすることができた」としている事を皮肉るこんなツイートがタイムラインに流れてきた。
実際には、トランプ氏とゴルフの時は仕事の話をし、加計氏とのゴルフの際は仕事の話をしないということもあり得ないとは言えない。しかし、果たしてそんな話に信憑性が感じられるか、というのはまた別の話だ。トランプ氏とゴルフ中にじっくり仕事の話をするなら、加計氏とのゴルフ中も、じっくりかどうかは分からないが、少なからず仕事に纏わる話も出るだろうし、安倍氏が仕事とプライベートをキッチリ分ける気質なら、トランプ氏とのゴルフで多少仕事の話が出るとしても、じっくり仕事の話をするなんてことはないだろうし、加計氏とのゴルフでも本当に仕事の話はしないんだろう。つまり、このツイートの通り主張のちぐはぐ感は否めず、話に信憑性が感じられないとしか言えない。

 個人的には、安倍氏がトランプ氏とゴルフ中にじっくり仕事の話をしたというのは、十中八九嘘だと思っている。その理由は何よりもまず、彼は簡単に嘘をつく人物だからだ(4/2の投稿4/12の投稿参照)。また、それ以外にも理由はある。
 昨今、所謂飲みにケーションというのが煙たがられる傾向にある。2000年代以前は仕事上の関係を酒の席でより親密化するという名目で、しばしば上司に誘われたら部下は付き合うべきなんてことが言われていた。しかし、酒を飲みながらだと親密なれる、いいアイデアが出るなんてのは幻想に過ぎず、実際には酒好きの上司が気持ちよく酒を飲む為に、ノーと言い難い部下に無理強いをしているだけなんてことがしばしばあった。つまり単に酒を飲みたいだけなのに、後付けで有意義かのような理由付けを、これまでしてきたという風に昨今は概ね評価されている。しかも近年は所謂飲みにケーションだけでなく、仕事時間内に行われるダラダラと長いだけの会議ですら敬遠される傾向にある。
 勿論酒を飲みたい人が、あくまで「酒を楽しむ」目的でそのような会を設ける、参加することは自由にして貰っても何も問題はない。ここで言いたいのは、酒の席で仕事の話云々というのが如何に非現実的と評価されているかということだ。
 また酒好きというのは、何かに付けて宴会の席を設けようとする。正月は新年会、年度末は歓送迎会、そして花見、年中通して行える誰かの誕生日会、夏はBBQ、そして冬は忘年会。最も象徴的なのは花見で、花見と称する酒宴の席に参加する者の内、一体何人が心底桜を愛でているだろうか。桜を楽しむのに本来酒は必要ないし、多くの花見の会の参加者は桜よりも酒・酒宴の方を楽しんでいるように見える。勘違いしないで欲しいが、花見を口実に酒宴を設ける事自体が悪いと言っているのではない。花見とはそういうものだというだけの話である。

 酒好きが酒を飲む口実に花見を利用し、桜など殆ど見ずに酒を浴びる程飲んでもそれは「花見」だ。安倍氏も単にゴルフが好きでゴルフをしているだけなのに、「外交やってます」感を出すのはやめてもらいたい。ほんの一言二言づつ、北朝鮮問題への対応、経済、G20大阪サミット、世界情勢に触れただけでも、彼は「様々な課題についてじっくりと話をすることができた」と言いかねない人物だ。しかも最後に添えられた「世界情勢」なんてのはまさにやってる感の演出にもってこいの表現である。彼のように恣意的な解釈を厭わない人物にかかれば、昨日の晩御飯の話題も自分の身の上話も「世界情勢」の範疇になりそうだ。


 安倍氏がそんな事をツイートをした翌日の4/29・東京新聞は「平成の賃金 検証不能 統計不正 政府廃棄で8年分不明」という記事を掲載した。この年初に発覚した統計不正問題に関連して、2004-2011年にかけての8年間の調査票などの資料を廃棄・紛失していて、賃金統計の再集計ができない状態なのだそう。メディア各社が「WTO最終審・日本逆転敗訴」と報じた際には、すぐさま政府から「(日本の)敗訴との指摘は当たらない」と反論が示されたが(4/24の投稿)、東京新聞のこの記事に関しても記事に不備があるのなら批判の一つもありそうなものだが、連休中だからなのかもしれないが、まだ反論は聞こえてこない。
 安倍氏は厚労省の統計不正問題を調査した特別監査委が示した報告書について、国会で問われた際に「報告は受けたが忙しくて報告書は読んでいない」という旨の答弁をしていた。こんな深刻な状況を引き起こしている不正に関する報告書を読む時間もない程忙しいのに、アメリカ大統領とゴルフをする暇はあるようだし、吉本新喜劇に顔を出す程度の暇も持ち合わせているようだ(ハフポスト/朝日新聞の記事)。

 自分の知り合いの中に、何かに誘われた際に参加したくない場合「忙しいから」「金がないから」と断る者がいる。というか、そんな断り方をされたらその後は誘わなくなるので厳密には「断る者がいた」だ。一応注釈しておくと、本当に忙しい人や予算的に厳しいのだろうと思える者もいるが、ここで想定しているのはそのタイプではない。
 本人は体よく断っているつもりなのだろうが、個人的にはストレートに興味があまりないと言われた方がマシだ。実際は忙しくもないのに忙しぶられると、嘘をつかれたという印象が強く残るし「仕事の方が重要でお前との関係は重要じゃない」と言われているようにも思えてしまう。「金がないから」もほぼ同様だ。
 安倍氏も結局、自分に都合が悪いと忙しくなり、都合がいい事は忙しくても時間を割く人物なのだろう。

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