「忖度」という表現がここまで一般化したのは、2017年3月の参議院予算委員会で福山 哲郎議員が森友学園問題を追及する際に用いたからだ。
元来「忖度」とは、
他人の気持ちをおしはかること、推察(コトバンク/大辞林)であって、目上の者の意向を推察して意に沿わない行動を避ける/意に沿う行動をする、のような意味合いではなかったが、現在は概ねその意味で用いられている。忖度という表現が持っていた幾つかの意味合いの中のネガティブな意味だけが注目され、更にそれを背景にした行動まで付加された意味合いで用いられている状況がある。その辺の事情はWikipediaでも解説されている。
つい先日、ツイッター社は日本の現政権に忖度していると感じる出来事があった。CNNは、7/21の参院選の結果を受けた記事「Shinzo Abe declares victory in Japan election but fails to win super majority」を7/22に掲載しており、公式アカウントでもそれを紹介するツイートをした。
Shinzo Abe declares victory in Japan's national elections but fails to win super majority https://t.co/93nwBe0TtY pic.twitter.com/JdyDj4fk2U— CNN (@CNN) July 22, 2019
ツイッター社はツイートの翻訳機能を設けており、その機能を用いてこのツイートを翻訳すると、
安倍晋三、日本の総選挙で勝利を宣言 cnn.it/2Y9rULW
と表示される。中学卒業レベルの英語能力さえあれば、この翻訳がおかしいことはすぐに分かる筈だ。but fails to win super majority の部分に全く触れていない翻訳になってしまっている。
1つの文章の中で同じ内容が繰り返されているのなら、要約して1回で済ませた翻訳にすることもあるかもしれないし、それに妥当性がないとは言えない。しかし「but/しかし」という逆説で始まる部分を、そして前半部分の繰り返しではない内容を割愛して翻訳するのは果たして適当だろうか。自分には、ツイッター社が「but fails to win super majority/しかし、過半数の議席獲得には失敗した」という部分を意図的に無視したように思えた。
スクリーンショットからも分かるように、この翻訳はGoogleのサービスを用いて機械的に翻訳されたもののようでもある。そうであるならば、「but fails to win super majority/しかし、過半数の議席獲得には失敗した」という部分を意図的に無視したのはツイッター社でなくGoogle翻訳かもしれない。なのでCNNのこの見出しを直接Google翻訳にかけてみた。すると次のように翻訳された。
安倍晋三、日本の総選挙で勝利を宣言したが、超過半数を獲得することはできません
自働翻訳なのでややぎこちない翻訳ではあるが、それでも「but fails to win super majority/しかし、過半数の議席獲得には失敗した」という部分は明らかに無視されていない。ということはやはり、当該部分を無視した翻訳はツイッター社による判断と考えるのが自然ではないだろうか。Google翻訳ではその部分も勘案した翻訳が表示されるのに、ツイッター上だとその部分が無視されるというのであれば、機械翻訳の不備とも考え難い。Googleが自社サイトへの誘導の為に、ツイッター上での翻訳の精度を意図的に落としている恐れもなくはないが、ツイッター上の翻訳にも自社のバッジが表示される為、そんなことをしたらGoogle翻訳の精度の低さをアピールすることにもなりかねず、そんなことをするとは考え難い。
勿論もっとしっかりとした裏取りをしなければ、果たしてこれがツイッター社による政権への忖度からなされた事案なのか、政権が圧力をかけた所為でこうなっているのか、それとも単にエンジニアのミスなのかは明確には分からない。しかし現時点で自分には、前述のような理由から、これは
ツイッター社による現政権への忖度に思えてならない。
このような伝え方をしているのは決してツイッター社に限らない。2017年11/4投稿で書いたように、日本最大の報道機関の1つとされるNHKも似たようなことをしている。他にもメディアによって表現方法が異なることはしばしばあるし、概ね全ての既存メディアが妥当性の低い伝え方をするなんてこともある(5/11の投稿「「大学無償化法」という嘘をつくメディア各社」)。メディアによる政権への忖度は、この数年、特に現政権の成立以降顕著になっているように思えてならない。特にひどいのはNHK/民放問わずテレビ各局の報道姿勢だ。個人的にはNHKはもう既に報道機関と思っていないし、民放各局もCSの娯楽専門局と大差ないと思っている。
他にも理由はありそうだが、そうなってしまった大きな理由の1つは、放送法4条違反を理由に電波法76条に基づき停波を命じる可能性に言及した2016年の高市総務相の発言だろう。それによってテレビ各局は政権への忖度報道色を強めていると言えそうだ。またテレビに限らず、官房長官らが記者会見の場で、批判的な質問を行う記者を冷遇することも、報道機関の忖度傾向に拍車をかけていると言えるだろう。
ハフポスト「夏目三久さん、吉本興業めぐる報道を疑問視。参院選の低投票率を念頭に」によると、TBSの朝の情報番組・あさチャン!のMCを務める夏目 三久さんは、7/24の放送の中で、
そもそも検証すべきは吉本興業と反社会的勢力のつながり、芸人さんと反社会的勢力のつながり、これについて検証がなされるべきだと思うんですが、私たち今日、長い時間を使って、芸人さんと吉本興業の労働環境についてお伝えしてきましたが、これについては様々なご意見があると思いますし、批判もあると思いますと述べ、同番組がよしもと事案に大幅に時間を割いているのに、選挙期間中、関連報道を重視していなかったことを示唆し、そのバランスの悪さ、つまり「あさチャン!」を含めたメディア報道姿勢について疑問を呈したそうだ。
吉本の問題をめぐっては先週からお伝えしてきましたが、同時に参議院選挙が行われていて、投票率が過去2番目に低かったということもありました
これ由々しき事態だと思うんですよね、日本の未来を担う子供たちが政治に関心を失っているというのは、大いに私たちの報道の仕方に問題があるとも思っていますし、私もこの後スタッフとしっかり話していきたいと思っています
7/23の投稿でも書いたが、同じくTBSの、夜のニュース番組・News23のMCを務める小川 彩佳さんも、7/22の放送の中で
投票率低かったですね。私もお伝えの仕方で考えなければならないところがあるのかな?と個人的には思うのですがと述べていた。
発信の仕方もね、我々色々工夫して行かなければならないですね
夏目さんが発言の中で触れたよしもとの件では、昨日の投稿でも書いたように、多くの芸人が自分の所属する事務所のおかしさについて声を上げ始めている。そのきっかけは一部の芸人の闇営業問題だったかもしれないが、何がきっかけだろうと、おかしなことに対して、しかも自分たちよりも強い権力を持つ存在に対して「おかしい」と声をあげたことは称賛するべきだし、指摘された方は姿勢を改めるべきだ。もしこれでも状況が変わらず、声をあげた者が抑圧されたり排除されたりして事態が終息するようならば、そして外野、つまり市民・視聴者がそれを傍観して黙認するようなら、日本の社会の病はかなり深刻だ。おかしいことに「おかしい」と声をあげた者が抑圧され黙殺されるような社会である限り、その社会からいじめや差別がなくなることはないだろう。
夏目さんや小川さんの声は決して大きくなかったが、自分が属する番組やその番組を放送している局も含めて、現在のテレビ報道の姿勢に一石を投じた。しかしよしもとの件のように、他のアナウンサーや関係者が彼女らの声に賛同する様子は今のところ全く見えない。もしかしたら今後、彼女らが声を挙げたことによって静かに変化が起きるのかもしれないが、これまでのテレビの報道を勘案すれば、そんな期待は殆どできない。
彼女らの声に関係者から賛同が示されない/集まらないということは、結局今後も、どの政党にも不利にならないように報道するのが「中立」かのような、到底妥当とは言えない認識に基づいた政府と与党へ忖度した報道が続くのだろう。最悪の場合、彼女らが当該番組やテレビ放送全般から排除されるようなことになるかもしれない。
この投稿のタイトルはを「忖度が日本をダメにする」としたが、厳密に言えば、
日本をダメにするのは「委縮」である。忖度の結果生じる委縮が日本をダメにするというがより正確だろう。目上の者の意向を推察して意に沿わない行動を避ける/意に沿う行動をするのを何より重んじる、儒教的な考え方から脱却し、目上の者が言おうがおかしいことに「おかしい」と言えるような状況・社会にならない限り、今の日本社会にある澱んだ空気が改善することはないのではないか?と考えている。