スキップしてメイン コンテンツに移動
 

「素人は黙ってろ」は信頼を失う台詞


 「音楽家が政治に口をだすな」「芸人風情は黙ってろ」「芸術家は芸術だけやってろ」のような話に対する当事者たちの反論を、このところよく目にする。ただ逆に「文句があるなら国会議員になってから言え」のようなことを言う芸人もいた(4/20の投稿)。

 この「芸能人や芸術家は政治に口を出すな、黙ってろ」という話も、「政治に文句があるなら国会議員になってから言え」も、根本的に議会制(間接)民主主義の大前提と矛盾する。芸能人だろうが芸術家だろうが、誰もがその肩書以前に1人の有権者だ。有権者が政治に口を出せないのは民主主義ではない。また、国会議員にならないと政治に口を出せないのも、間接民主主義を否定することになってしまう。
 間接民主主義における議員とは有権者に選ばれた代表だが、決して全権委任をされたわけではない。選ばれた議員によって構成される立法府、その立法府の中から更に選ばれた者によって構成される行政府がおかしなことをしていたら、有権者が批判・指摘するのは当然の権利だ(間接民主主義 - Wikipedia)。その権利を守る為に、表現の自由が憲法で保障されている。
 有権者の批判に妥当性がなければ、その批判が更に批判・指摘されるのは当然だが、有権者の政治を批判・指摘する権利を規制・非難しようとするのは、独裁国家や独裁を望む人達がやることである。



 それと似た、「素人が考えるようなことは、専門家は既に考え、既に検討もしているのだから、素人は黙ってろ」のようなことを言っている、専門家を自称するSNSアカウントも決して少なくない。確かにこの状況で、専門家を自称するSNSアカウントに対して暴言を投げつける行為も多く目にするので、その種の主張を何度も何度もぶつけられた当該アカウントが、そんな風に言いたくなってしまうのも決して分からなくはない。
 だが、そんなことを言ってしまうと、たちまち「専門家」全体の信頼性を下げることにもなってしまう。何故なら、平時から医療関係の話題に興味を持って情報に接していれば、どの専門家が信頼出来て、どの専門家が単なる「自称専門家」なのかは大体分かるのだろうが、専門家は流石に芸能人程各個人が注目されるような人達ではないし、政治家のように考え方の傾向による政党という括りがあるわけでもない為、一般的には誰が信頼出来て誰が信頼感に乏しいのかを計ることが容易ではない。だから「専門家」と一括りにして捉えてしまう人が決して少なくなく、1人の専門家の印象が専門家全体の印象を大きく左右してしまう。
 例えば、自分はNHKの報道に強い不信感を持っているが、NHK Eテレなどには今もまともな番組もある。だが、報道はNHKの大きな柱であり、それに強い不信感があればNHK全体の不信感に繋がるのは当然で、NHKは、という括りで局の傾向を批判されても仕方がないのと似ている。


 そもそも、この新型コロナウイルス感染拡大が始まってから、政府や厚労省、政府専門家会議は「軽症者は自宅で様子を見て」と言ってきた。だが、近頃症状を訴えていた人などが自宅で急変して死亡するケースが相次ぎ、その方針を変えた。これを勘案すれば、「素人が考えるようなことは、専門家は既に考え、既に検討もしている」には説得力がない。
流石に軽症者が急変して死亡するケースを想定はしていなかったが、自分は3/4の投稿で、同居人がいる場合など、自宅で感染者を隔離するのは容易でなく、対応として不十分であり、症状があっても軽症なら検査もせずに自宅で様子を見ろというのは、万が一症状を訴える者が感染者だった場合、その同居人に感染が広がるのでは?と指摘したし、当時既に同種の懸念を示す人は決して少なくなかった。
 また、もう何度も書いているように「満員電車はライブハウスやクラブ、宴会程危険ではない」という、一部の専門家や厚労省が示してきた話も3/4の投稿で既にその矛盾を指摘している。これも当時から不信感を示す人が多かった。また、その話が専門家や厚労省の言う「濃厚接触」の定義と矛盾することも、3/29の投稿で指摘した。
 電車に乗ることが感染の懸念のあることだ、と政府専門家会議の関係者が認めたのは4/15になってからだ(感染防止対策なければ国内で・・・ 専門家“41万人余り死亡”の試算 TBS NEWS)。

 それ以前に、2月の、横浜に寄港したクルーズ船の対応もかなり酷かった(2/24の投稿)。そのようなことが前提にあるのに、サイエンスライターの片瀬 久美子さんがこんなツイートをしている。


 ツイートを見れば分かるように、「軽症者の自宅療養」に関して、片瀬さんは、新しいウイルスでまだ未知のことが多いので、ある時点で得られている知見は、その後に得られてきた知見によって次々と上書きされるので、専門家などの過去の意見を取り上げて貶すのは「後出しジャンケン」みたいなもの、と言っている。
 自分のように、3月初旬から当時の厚労省や専門家会議の方針に懸念を示してきた者にしてみれば、分かってないことも多かったのだから当時のことを掘り返すな、という擁護こそが「後出しジャンケン」にしか思えない
 片瀬さんは厳密には医療専門家ではない。だが彼女の専門は細胞分子生物学で、京都大学大学院理学研究科で博士課程を終了しており、且つサイエンスライターでもあり、全くの素人でもない。このような肩書を持つ人が、1-2か月程度前の専門家の見通しを持ち出して批判するのは「後出しジャンケン」だと言うことは、逆に専門家の信頼を失わせるだけではないのか。
 確かにこの新型コロナウイルス感染拡大に関しては、専門家の示す見解を元に、最終的に施策の責任を負うのは政治であり、専門家の判断だけを責めるのは間違っているが、見通しが甘ければ、見通しが甘かったと批判されるのも当然で、後出しジャンケンなどと言って批判を避けようとすれば信頼を失うことになる。


 一つの組織の中で長く働いていると、その環境が自分にとっての当たり前になってしまい、組織の外から見たら異様なことでもそれを感じることが出来なくなる。同調圧力が強いと、異様なことだと気が付いても指摘することは難しく、異様さに気付いた者から組織をさることになり、異様だと気付かない者がその組織内に溜まっていくことになる。ブラック企業はそうやって培養されるのだろう。
 つまり内側からでは分かり難い・気付き難いことというのが間違いなくある。勿論逆に、外側からでは見え難いことも確実にある。だから政治の話にしろ、医療の話にしろ「素人は黙ってろ」というのは間違いなく悪手でしかない。もし妥当性のない批判、批判とは呼べない中傷に晒されたとしても、それを指摘し反論することには何も問題はないが、間違っても「素人は黙ってろ」と言ってはいけない。それを言ってしまうと、残るのはYesマンだけになってしまう。そんな環境で合理的な検討が出来るのか、と言えば間違いなく難しくなる。


 トップ画像は、Photo by Nikita Kachanovsky on Unsplash を使用した。

このブログの人気の投稿

話が違うじゃないか

 西麻布に Space Lab Yellow というナイトクラブがあった。 一昨日の投稿 でも触れたように、日本のダンスミュージックシーン、特にテクノやハウス界隈では、間違いなく最も重要なクラブの一つである。自分が初めて遊びに行ったクラブもこのイエローで、多分六本木/西麻布界隈に足を踏み入れたのもそれが初めてだったと思う。

マンガの中より酷い現実

 ヤングマガジンは、世界的にも人気が高く、2000年代以降確立したドリフト文化の形成に大きく寄与した頭文字Dや、湾岸ミッドナイト、シャコタンブギなど、自動車をテーマにしたマンガを多く輩出してきた。2017年からは、頭文字Dの続編とも言うべき作品・MFゴーストを連載している( MFゴースト - Wikipedia )。

読書と朗読を聞くことの違い

 「 本の内容を音声で聞かせてくれる「オーディオブック」は読書の代わりになり得るのか? 」という記事をGigazineが掲載した。Time(アメリカ版)の記事を翻訳・要約した記事で、ペンシルベニア・ブルームスバーグ大学のベス ロゴウスキさんの研究と、バージニア大学のダニエル ウィリンガムさんの研究に関する話である。記事の冒頭でも説明されているようにアメリカでは車移動が多く、運転中に本を読むことは出来ないので、書籍を朗読した音声・オーディオブックを利用する人が多くいる。これがこの話の前提になっているようだ。  記事ではそれらの研究を前提に、いくつかの側面からオーディオブックと読書の違いについて検証しているが、「 仕事や勉強のためではなく「単なる娯楽」としてオーディオブックを利用するのであれば、単に物語を楽しむだけであれば、 」という条件付きながら、「 オーディオブックと読書の間にはわずかな違いしかない 」としている。

あんたは市長になるよ

 うんざりすることがあまりにも多い時、面白い映画は気分転換のよいきっかけになる。先週はあまりにもがっかりさせられることばかりだったので、昨日は事前に食料を買い込んで家に籠って映画に浸ることにした。マンガを全巻一気読みするように バックトゥザフューチャー3作を続けて鑑賞 した。

敵より怖いバカな大将多くして船山を上る

 1912年に氷山に衝突して沈没したタイタニックはとても有名だ。これに因んだ映画だけでもかなり多くの本数が製作されている。ドキュメンタリー番組でもしばしば取り上げられる。中でも有名なのは、やはり1997年に公開された、ジェームズ キャメロン監督・レオナルド ディカプリオ主演の映画だろう。