スキップしてメイン コンテンツに移動
 

時間を浪費する岸田政権

 光陰矢の如し、という慣用表現がある。月日の過ぎていくのは飛ぶ矢のように早い、という意味で、大抵、だから時間を無駄にしてはならない、という文脈に繋げられる。トップ画像の Time is Money は日本語にすると、時は金なり、だ。時間は大切なものであり金銭と同等の価値がある、という意味で、これもつまり、時間を無駄にしてはならない、の意だ。

 人間は誰もが生まれた時から死に向かって走り続ける。つまり誰にとっても時間は有限だ。更に言えば、人間はおよそ20歳をピークに老化が始まる。遅くとも30歳頃から多くの人が徐々に老いを感じ始める。老いは決してネガティブなだけなものではないが、主に肉体的には、老いはネガティブな要素を多分に含んでいる。20歳の体力と40歳、そして60歳・80歳の体力は明らかに異なり、老いと共に身体能力も明らかに衰える。つまり若さも有限であり、若いからできること、若いうちにやっておいた方がいいこと、若いうちにやっておけばよかったことは確実にある。若い時間も、誰にとっても限られたものだが、大半の人は失ってからそれに気づく。

 ある意味で、この世に無駄なことなどは一切ないとも言える。人よりも余計に時間をかけて何かを為せば、人よりもその余計にかけた時間分の経験を積むことが出来たとも言えるし、もし時間をかけた上で結局失敗したとしても、何をしたら失敗する、ということが分かった、とも言えるからだ。12/11の投稿でも書いたように、失敗なくして成功はない。
 しかし、これも12/11の投稿でも書いたように、同じことを漫然と繰り返して同じ失敗を繰り返すのは、例外はあれど、時間を無駄にする行為だし、この世に無駄なことは何もないと言っても、効率がよい/悪いことは確実にある。効率ばかりを重視するのは、それはそれで落とし穴にはまる恐れもあるが、わざわざ効率の悪いことを選ぶ理由は殆どの場合ない。限られた時間を無駄にしない為には、原則的には効率のよい方法を選ぶべきだ。


 現在臨時国会・予算委員会が開かれている。予算委員会とは、国の予算案について議論する場だが、予算案は内閣が作成し、ほぼ全ての政策が予算に基づいて行われ、また閣僚や議員などの報酬も予算から支出される為、日本の国会における予算委員会は、予算委員会という呼称ではあるが、伝統的に何でも議論のテーマとして成立する場だ。
 しばしば、それを理解していない者が、予算以外のことで時間を浪費するな、と言い出す。たとえば閣僚の不祥事や不適切行為に関する質疑・追及が行われた場合などに。しかし前述の通り、それは、その閣僚が予算の中から報酬を受け取るに相応しいか、という体裁での議論であり、また議会・立法府は行政府を監視・牽制する立場にあり、閣僚の不祥事や不適切行為などに関する質疑・追及を問題視することはあまりに短絡的である。

 現在予算委員会における主な議題は、新型ウイルス危機対応、経済対策として政府が検討している18歳以下の子どもへの10万円相当の給付、についてだ。政府と与党自公は、5万を現金で給付し、残り半分の5万円分をクーポン券で来春以降に給付する意向を示しているが、クーポン券による給付は、現金給付よりもおよそ900億円も余計に軽費がかかり、しかも子どものいる家庭への支援であれば、最もお金がかかる新学期前に給付すべきなのに、18歳以下の子どものいる家庭に給付を限定したにもかかわらず、クーポン券給付は来夏頃になりそうだという見通しを示している。
 これには当然議会内外で批判が高まっていて、首相の岸田は昨日、とうとう全額現金給付を容認する姿勢を示した。

岸田首相、止まない批判に白旗 10万円給付で方針転換の影に公明党との対立:東京新聞 TOKYO Web

 しかしあくまでも、全額現金給付も容認する姿勢を示しただけで、クーポン券給付をやめて全額現金給付に方針転換したわけではない。それでは結局、12/8の投稿で指摘したようにクーポン券給付の為のシステムは構築しておく必要がある為に、余計に経費がかかる問題は解決しない。

 こんなことがなぜ予算委員会の主な議題になっているのか。なぜ政府と与党は議会内外でクーポン給付に対する批判が吹き荒れ、自治体からの低評価も明らかで、筋悪なのは明白なのに、クーポン券給付を全面的にやめて全額現金給付に方針転換しないのか。このような政府与党のクーポン給付に対する謎のこだわりこそがまさに時間の無駄というやつだ。
 本来、今大至急議論すべきは、世界各地で急速に拡大している新型ウイルス オミクロン株への対策だ。日本の水際対策は明らかに不十分だし、市中感染が発生して今夏のデルタ株感染爆発のような事態になった場合への準備も不十分としか言えない状況なのだから。

 このように言うと、与党関係者や支持者から、だったら給付のことなんて質問していないで、オミクロン株対策を優先的に質問すればいいのに、野党の所為で議論の時間が無駄になっている、のようなことを言い出す。しかしこれまで自公政権による新型ウイルス対策では、マスク配布にしろGOTOナンチャラにしろ、凡そ利権化の為に余計なところに多くの予算が割かれ税金が無駄になってきたし、今すぐにでも援助して欲しいという家庭も決して少なくなく、経費をかけずに迅速な給付を実現する、という観点で言えば、政府が検討するクーポン給付に対する批判が繰り広げられるのは決して時間の無駄ではない。
 寧ろ時間を無駄にしているのは、12/10の投稿でも指摘したように、衆院選前には「困っている人にできるだけ迅速に現金を支給」と言っていたのに、なぜか今はクーポン券で来夏給付にこだわっている岸田とその周辺、つまり政府と与党である。


 オミクロン株国内流行は最早目前まで迫っている状況であるのに、こんな風に時間を浪費して対策に関する議論が置き去りにされているのを見ると、数か月後には再び感染拡大が起きる気がしてならない。昨年から今年にかけて、小康状態になった際の適切な対応を怠り、感染拡大による多数の死者を出すということが、少なくとも2度繰り返されている。なのに日本人はそれに学ばずに、時間を浪費する政党を再び与党に選んだのだから、ある意味で自業自得か。勿論、自公を支持せずに現野党を支持した人にしてみれば本当にいい迷惑でしかない。



 トップ画像には、ストップウォッチ 時間 お金 - Pixabayの無料画像 を使用した。

このブログの人気の投稿

フランス人権宣言から230年、未だに続く搾取

 これは「 Karikatur Das Verhältnis Arbeiter Unternehmer 」、1896年ドイツの、 資本家が労働者を搾取する様子を描いた風刺画 である。労働者から搾り取った金を貯める容器には、Sammel becken des Kapitalismus / 資本主義の収集用盆 と書かれている。1700年代後半に英国で産業革命が起こり、それ以降労働者は低賃金/長時間労働を強いられることになる。1890年代は8時間労働制を求める動きが欧米で活発だった頃だ。因みに日本で初めて8時間労働制が導入されたのは1919年のことである( 八時間労働制 - Wikipedia )。

同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになる

 攻殻機動隊、特に押井 守監督の映画2本が好きで、これまでにも何度かこのブログでは台詞などを引用したり紹介したりしている( 攻殻機動隊 - 独見と偏談 )。今日触れるのはトップ画像の通り、「 戦闘単位としてどんなに優秀でも同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになるわ。組織も人も特殊化の果てにあるものは緩やかな死 」という台詞だ。

マンガの中より酷い現実

 ヤングマガジンは、世界的にも人気が高く、2000年代以降確立したドリフト文化の形成に大きく寄与した頭文字Dや、湾岸ミッドナイト、シャコタンブギなど、自動車をテーマにしたマンガを多く輩出してきた。2017年からは、頭文字Dの続編とも言うべき作品・MFゴーストを連載している( MFゴースト - Wikipedia )。

映画「ひろしま」を見て思う。65年前から変わらぬ自己責任論

 昨夜の NHK Eテレ・ETV特集では映画「ひろしま」を放送 した(2019年8/16 ETV特集「 忘れられた“ひろしま”~8万8千人が演じた“あの日”~ 」)。自分はこの放送を知るまで、この「ひろしま」という映画の存在を知らなかった。  この放送を見て再確認させられたのは、確かにNHK報道は、特に政治報道に関して、報道機関でなく政府広報機関に成り下がっており、組織の大きな柱の一つである報道がそんな状態であるNHKには改革の必要性が確実にあるが、スポンサー企業や視聴率にとらわれない(昨今は視聴率にとらわれている面もあり、その改革も必要ではあるが、)NHKをぶっ壊すのは、市民にとって決して有益とは言い難い。それは水道などのライフラインを私企業に売り払ってしまうのにも等しいということだ。  確かに民放でもこの映画を放送することは出来る。しかし、民放が放送したとして、NHKが放送する程の注目が果たして集められただろうか。同じコンテンツを放送するにしても、NHKの影響力は民放よりも大きく、だからNHKにしか出来ないことはまだまだ存在するし、NHKには、それを適切に利用して、その役割を果たして貰わなくてはならない。

「幼稚園児以下だ」は暴言か

障害者雇用、職場でパワハラ「幼稚園児以下」と暴言も TBSニュースが11/6に報じた記事の見出しである。障害者雇用枠で採用された知的障害のある男性が、指導役の女性から暴言を受けたとして、会社と女性に対して賠償を求める訴訟を起こした件で、11/6に和解が成立したという記事の見出しだ。記事には  女性が「幼稚園児以下だ」という表現を暴言と認めた、会社も責任を認め、“今後は知的障害者の特性を理解し、これを踏まえた職場環境を用意すること”を約束した とある。 男性は「私みたいな障害者にも働きやすい環境にしてほしいというのが私の願いです」とコメントしており、恐らくパワハラに相当する行為が実際にあったのだろう。また男性の、  『幼稚園児以下』もそうですし、『バカじゃん』とか、『いつまでたったら仕事を覚えるんだ』とか言われた  とりあえず耐えて、我慢し続けて働いていたので などのコメントも紹介されており、記者は“幼稚園児以下”“バカでもできる”という表現を添えており、それらが暴言に当たるということを示唆しているように見える。