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物事を大雑把に都合よく拡大して解釈する人


 ニューヨークにある、世界で最も有名な都市公園の1つ、セントラルパークで、犬にリードを付けていなかった飼い主の白人女性に対して、黒人の男性が「紐を付けて」と注意したところ、飼い主の女性が「アフリカ系アメリカ人の男によって命の危険にさらされている」と警察に通報した、という事件に関する記事をハフポストが掲載している。

「犬をひもに繋いで」と求めた黒人男性を、白人女性が警察に通報。「アフリカ系アメリカ人の男に脅されています」



 記事の内容が事実に即しているならば、この飼い主の女性は「犬を紐につないで」と注意されたことに逆上し、「命の危険にさらされている」という拡大解釈に基づいて警察に通報するという、非常に悪質な行為に及んだと言えそうだ。記事には、通報された男性らが撮影した当時の様子の映像も掲載されている。この飼い主の女性を雇用していた会社は、当該女性を調査に基づいて解雇した。

 だが、その解雇理由にも拡大解釈が含まれているのではないか?という気がする。会社側は解雇の理由を「どんな人種差別も容認しない」と説明している。ハフポストの記事にはこうある。
ハフポストUS版の記者で黒人のズィーバ・ブレイ氏は、女性が「アフリカ系アメリカ人の男性」という言葉を繰り返していることから、「実際に身体的な危険を感じていなかったことがわかる」と述べる。
むしろこの出来事の背景には人種差別的な感情があるのだろう、とブレイ氏は説明する。
飼い主の白人女性は人種差別的な考えを基にして行為に及んだ、という風に、社会的にも受け止められているようだ。
 確かにアメリカでは、黒人の男性が警察などに不当に殺害される事件が後をたたない。直前にも、黒人男性が警察官に膝で首を押さえつけられ死亡するという事件が報じられている(「息ができない」黒人男性が警察官に膝で首を押さえつけられ死亡。「助けてあげて」周りは訴えていた | ハフポスト)。だがしかし、注意したのが白人男性だったならば、この飼い主の女性が、同じように拡大解釈によるでっち上げを行わなかったという確証はどこにもない。あくまで記事にある情報から判断すれば、そのようなでっち上げを行ったのは、彼女を注意したのが黒人男性だったからだと断定できる要素があるとは思えない。
 つまり、この件を人種差別と結び付けて、飼い主の女性を非難することも、拡大解釈に基づいているのではないか?と感じる。


 今日本でも拡大解釈がSNS上で飛び交っている。 SNS上で誹謗中傷にさらされていたテレビ番組の出演者が亡くなった件(テラハ出演中の木村花さんが死去、所属先が発表 ネットで誹謗中傷を受けていた | ハフポスト)によって、特にWeb上での誹謗中傷が大きな話題になっているが、それに乗じて、次のツイートのような、政権批判を誹謗中傷と拡大解釈して牽制しようという主張が多く見られる。


 なぜこんなことになっているのか。それは、次のブログ投稿を見れば分かるように、彼らが支持している安倍自身が批判と中傷の区別がつかない人物だからだろう。

「政策批判」と「誹謗中傷」を混同する安倍総理|倉阪秀史|note


 募ると募集が同じ意味だと理解できない人物なのだから(「幅広く募ったが、募集はしていない」 桜を見る会 安倍首相、苦しい答弁続く 衆院予算委 - 毎日新聞)、批判と中傷の意味を理解出来ずに混同するのは全く不思議でない。そして、そんな人物を支持する人達なのだから、同様に理解出来ずに混同、若しくは違いを理解しているのに恣意的に濫用するのもそれ程不思議はない。勿論断じて容認は出来ない。
 第二次安倍自民党政権下では、元アイドルが比例代表制の票集め要員として登用された。因みに何の根拠もなく「比例代表制の票集め要員」などと書けばそれは中傷に当たる恐れもある。しかし次の話や、それ以外にも政治家としての資質を著しく欠くと判断するに値する事案が複数あり、つまり、資質がないのに知名度だけで登用された恐れが全くないとは言えない、そのような低評価が全く不当とは言えないという信念に基づいてそう評している。そのアイドル議員・今井 絵里子氏は2017年都議選の際に、


と言っている。彼女も安倍同様に批判の何たるかを理解出来ていない。党総裁が理解できないのだから、その下で登用された候補者・議員が理解できないのは無理もないのかもしれない。勿論こんな人物に国会議員としての資質があるとは思えないが、安倍は2019年9月の内閣改造で、この今井氏を内閣府大臣政務官に任命した。

 テレビ番組の出演者が亡くなった件を受けて、高市総務大臣が急に「匿名で他人を誹謗中傷する行為は、人として卑怯で許し難い」 などと言い出したことに触れ、これまで自民議員が一般市民への中傷に加担しても何も言ってこなかったのだから、単に支持率低下を背景にしたポーズに過ぎないのではないか、人の死を政治カードとして利用するのはいかがなものか、という話を昨日の投稿で書いた。
 だが、自民党の中傷案件はこれに留まらない。 所属議員だけでなく、党としての中傷案件もある。2019年6月、自民党本部が参考図書として、「フェイク情報が蝕むニッポン トンデモ野党とメディアの非常識」という冊子を全国会議員に配布している。

自民党本部が国会議員に配った謎の冊子が波紋。「演説や説明会用に渡された」と議員事務所 | ハフポスト


この冊子の内容には、どう見ても野党や所属政治家に対する誹謗中傷が含まれている。そんな自分達の、党としての行った中傷への反省もなく、尤もらしいことを言っても全く説得力はない。

 自民党は5/26、三原 じゅん子議員を座長とする、ネット上の中傷や権利侵害への対策を検討するプロジェクトチームを発足させた。三原氏は、

ネット中傷者特定しやすく、政府与党が検討 乱用懸念も:朝日新聞デジタル

ネット上は無法地帯になっており(中傷は)一生残る。侮辱罪の可能性もある
言論の自由を阻害するのではないかという誤解を生まないよう、丁寧に行っていくことは大切だ
と述べている。しかし一方で三原氏はこんなツイートをしている。



 彼女が批判と中傷を適切に判断できる資質を備えているとは考えられない。なぜ自民党はこんな人物を、ネット上の中傷や権利侵害への対策を検討するプロジェクトチームの座長に据えたのか。やはり自民党が党として、中傷と批判を混同している、若しくは中傷の根絶を大義名分に政権や党への批判を規制しようとしているように思えてならない。


 中傷の拡大解釈によって批判が出来なくなった社会は、果たして望ましい社会だろうか。批判のない社会はかなり独裁に近い状態になる。というか批判出来ない社会は独裁そのものだ。中国や北朝鮮などのように。
 もし自民党が単に愚かなだけで、言葉の意味を正しく理解出来ない人の集まりだとしても、将来的にはそんな状況を悪用しようとする者が出てきかねない。悪い芽は早い内に摘んでおかないと、後々大変なことになる。中傷の拡大解釈が公然とまかり通り、批判が一切出来ないような社会になってから「こんなはずじゃなかった」と嘆いても遅い


 トップ画像は、 RepublicaによるPixabayからの画像 を加工して使用した。

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