スキップしてメイン コンテンツに移動
 

矮小化に次ぐ矮小化

 以前働いていた会社で、銀行を定年退職してきた親戚を、社長が顧問として迎えた。その爺さんは週3日、1日約6時間くらい事務所でお茶をすすりながら新聞を読んでいるだけだった。経理のパートさんによると、「あの人、あんたよりもいい月給貰ってるわよ」とのことで、上司に それはおかしいだろう?と言ったところ、上司からこんな答えが返ってきた。

そんな額は年間売上に比べたら些細なもんだ

だからいちいち目くじら立てるな、と言うのだ。些細な額だと言うなら同じ額の月給を自分にも支払え、としか思えなかった。多分銀行から融資を受けやすくするためのコネづくりだったんだろうが、だったらハッキリとそう言えばいい。しかしそうとは言わずに、そんなふうに合理性のない比較対象を持ち出して矮小化したのだ。

 矮小とは、もともとは、体や背丈が小さいことの意だが、このように、合理性を欠いた話などを根拠にして、実態よりも物事を小さく見せよう、大したことないという印象を強調しようとすることを、一般的に矮小化と呼ぶ。主に、責任逃れ、保身、恣意的な行為の正当化などを目的とした事実の歪曲に用いられる手法である。

 昨日の投稿で、

  • 防衛省陸上幕僚監部が2020年2月4日に開いた記者向け説明会で配布した「陸上自衛隊の今後の取り組み」と題する資料の中で、自衛隊が警察当局や米軍と連携して対応する事態にテロやサイバー攻撃、特殊部隊による破壊活動などと並んで反戦デモを挙げていた
  • 参加者から不適切だと指摘されたため、「暴徒化したデモ」という用語に修正したが、回収した当初の資料は保存期間が1年と指定されているのに2月5日に廃棄した

という件について書いた。憲法9条で明確に戦争放棄を掲げている国の、専守防衛組織であるはずの自衛隊幹部が反戦デモを敵視した資料を報道関係者に配布し、それはおかしいだろ、という指摘受けて、反戦デモを暴徒化したデモに修正したが、修正前の資料も1年は保存しないといけないのに、指摘を受けた翌日に廃棄していた、という事案である。

 この件について、岸田自民政府の官房長官 松野 博一は、3/31の記者会見で、

合法的に行われている場合も含めて、一様に事態の例として記述したことは、誤解を招く表現だった

と述べた。

テロと反戦デモを同列視、松野官房長官が「誤解招く表現」と釈明 陸幕の文書廃棄も「不適切」:東京新聞 TOKYO Web

 東京新聞の記事には、前述の発言以外にも、反戦デモが同事態に該当するかについて、

平時でも有事でもない幅広い状況を表現したもので法的な概念ではなく、確定的に申し上げることはなじまない

と明言を避けた、と書かれている。そして、陸上幕僚監部がこの文書を廃棄したことに関しては明確に「不適切だった」と述べたことも書かれている。

 この記事の根拠になっているのは、もちろん3/31の官房長官記者会見で、実際のやり取りは以下の動画の通りだ。ちなみに前者は午前、後者は午後の会見でのやり取りだ。

 前者の動画を見ればわかるように、東京新聞の記者に、「陸自が反戦デモをグレーゾーン事態と明示したことは、適切だったと政府として認識しているのか/不適切だったということか」と2度も聞かれているのに、松野は適切/妥当とも不適切とも言わず、誤解を招く表現だった、と言うだけで、質問に答えていない
 しかし一方で、保存期間が設定されているにもかかわらず修正前の文書がたった1日で処分されていたことについては、明確に「不適切だった」と言っている。

 何かにつけて頻繁に乱用される、歪曲目的の表現の代表格がまさに「誤解を招いた」であることは、このブログでももう何度も書いてきた。誤解を招いたは矮小化の手法の最右翼でもある。
 この件は本当に「誤解を招いた」事案だったんだろうか。全くそうは思えない。自衛隊や防衛省、自民政府の本音が漏れた、と言うべき事案であって、決して誤解など招いていない。しかしそう思われては都合が悪いから、「誤解を招いた」ことにしようとしているとしか言いようがない。だから松野は適切だったか不適切だったかを聞かれても、適切とも不適切とも応えず、ただただ「誤解を招いた」と言い張ったんだろう。本音が漏れたと言うべき事案である根拠はそれだけでなく、専守防衛に徹しなければならない自衛隊が反戦デモを敵視していることもその理由だし、他の根拠も昨日の投稿で既に書いている。


 この件について、東京新聞記者の望月 衣塑子がこのようにツイートしている。

 望月は、忖度せずに厳しい質問をする記者として有名で、安倍政権時代は官房長官 菅の天敵のような存在だった。しかし官邸は新型ウイルス対策を理由に会見に参加できる記者を一社一人に限定し、その後もう2年も経つのに、従来どおりの会見ができるような環境を整えることもせず、緊急事態宣言が終わってもまん延防止措置を解除しても、制限をずっと続けていて、望月は官房長官記者会見に参加できていない。

 そんな望月によるツイートだが、率直に言って、このツイートは官房長官の主張を矮小化しているように見える。確かに松野は、適切だったか不適切だったかを聞かれているのに「誤解を招いた」としか反応しておらず、「お茶を濁す」は、いい加減な言葉や行動でその場をごまかすのような意味なので、それを「お茶を濁す」と評するのは決して間違いとまでは言えない。
 しかし自分には、お茶を濁したなんて評価は生ぬるいとしか思えなかった。そんな生ぬるい評価をするのは、矮小化への加担のようにすら思えた。そう思えた理由は、もちろん前述のような理由で、自衛隊幹部や自民政府の本音が漏れたのだけなのに、「誤解を招いた」と誤魔化しているようにしか思えないからだ。だから、この場合はお茶を濁すなんて生ぬるい評価ではなく、明確に矮小化/歪曲した、と言うべきでないのか。

 つまり、自分の目には、自衛隊が反戦デモを敵視したことに関する、官房長官 松野の「誤解を招いた」という主張は事実を矮小化し、それについての「お茶を濁す」という東京新聞 望月の評価は、その松野の矮小化を目的とした主張の深刻さを矮小化するものにしか見えなかった。


このブログの人気の投稿

マンガの中より酷い現実

 ヤングマガジンは、世界的にも人気が高く、2000年代以降確立したドリフト文化の形成に大きく寄与した頭文字Dや、湾岸ミッドナイト、シャコタンブギなど、自動車をテーマにしたマンガを多く輩出してきた。2017年からは、頭文字Dの続編とも言うべき作品・MFゴーストを連載している( MFゴースト - Wikipedia )。

話が違うじゃないか

 西麻布に Space Lab Yellow というナイトクラブがあった。 一昨日の投稿 でも触れたように、日本のダンスミュージックシーン、特にテクノやハウス界隈では、間違いなく最も重要なクラブの一つである。自分が初めて遊びに行ったクラブもこのイエローで、多分六本木/西麻布界隈に足を踏み入れたのもそれが初めてだったと思う。

読書と朗読を聞くことの違い

 「 本の内容を音声で聞かせてくれる「オーディオブック」は読書の代わりになり得るのか? 」という記事をGigazineが掲載した。Time(アメリカ版)の記事を翻訳・要約した記事で、ペンシルベニア・ブルームスバーグ大学のベス ロゴウスキさんの研究と、バージニア大学のダニエル ウィリンガムさんの研究に関する話である。記事の冒頭でも説明されているようにアメリカでは車移動が多く、運転中に本を読むことは出来ないので、書籍を朗読した音声・オーディオブックを利用する人が多くいる。これがこの話の前提になっているようだ。  記事ではそれらの研究を前提に、いくつかの側面からオーディオブックと読書の違いについて検証しているが、「 仕事や勉強のためではなく「単なる娯楽」としてオーディオブックを利用するのであれば、単に物語を楽しむだけであれば、 」という条件付きながら、「 オーディオブックと読書の間にはわずかな違いしかない 」としている。

あんたは市長になるよ

 うんざりすることがあまりにも多い時、面白い映画は気分転換のよいきっかけになる。先週はあまりにもがっかりさせられることばかりだったので、昨日は事前に食料を買い込んで家に籠って映画に浸ることにした。マンガを全巻一気読みするように バックトゥザフューチャー3作を続けて鑑賞 した。

敵より怖いバカな大将多くして船山を上る

 1912年に氷山に衝突して沈没したタイタニックはとても有名だ。これに因んだ映画だけでもかなり多くの本数が製作されている。ドキュメンタリー番組でもしばしば取り上げられる。中でも有名なのは、やはり1997年に公開された、ジェームズ キャメロン監督・レオナルド ディカプリオ主演の映画だろう。