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刺青問題・偏見に迎合する観光施設


 先月(2018年8月)、タレントのりゅうちぇるさんが家族の名前の刺青を入れていることについて、彼に対して主にネット上で多くの人が批判したことで、刺青に対する嫌悪や偏見、差別に対して注目が集まった。ただ、その件でその手の話が盛り上がったわけではなく、何年も前から刺青に対する偏見に関する議論はあったし、自分もりゅうちぇるさんの件に注目が集まる以前から、
など、複数回このブログで取り上げている。だからこれから書くことは重複も多いかもしれない。しかし、おかしいと思ったことには「おかしい」と言い続けることが重要だと考えるので、何度でも同じことを書こうと思う。


 9/15、ハフポストが「タトゥー入浴、温泉施設の対応は?外国人客は増加、でも根強い拒否感も...」という記事を掲載した。朝日新聞からの転載記事で見出しの通り、主に刺青を入れている外国人観光客への対応に関する内容だ。この記事は、ちょうど観光のピークが終わろうというタイミングの富士山周辺での取材を元に書かれており、山中湖観光振興公社の高村倉司取締役の見解が紹介されている。
 タトゥー愛好者は増えているけれど、日本人の拒否感は根強い。日本人旅行者に愛される温泉経営が基本です
という話だ。「日本人の拒否感は根強い」? 確かに刺青を嫌悪する日本人は決して少なくない。しかし、その嫌悪に合理性があるのかどうかは多数決では決まらない。民主主義とは単なる多数決ではないという事を忘れてはいけない。また、個人的にはこの取締役の個人的な拒否感を「日本人の拒否感」と言い換えているように思えてならない。「日本人旅行者に愛される温泉経営」というのも同様で、彼が言っているのは、一部の刺青を嫌悪する日本人旅行者に愛される温泉経営が基本、の間違いではないだろうか。
 この話を読んで個人的には、こんなこと言ってる人が観光振興のトップにいる山中湖周辺へ観光しに、積極的に行きたいとは思えなくなった。これは山中湖周辺に対する偏見かもしれないが、 入浴を拒否された外国人観光客がどう感じるだろうか。帰国後どんな旅行の感想を周囲に伝えるだろうか。これでは山中湖だけでなく、富士山や山梨県、さらには日本全体の評価を下げかねないのではないか。そのようなことにならない為にも、詳しくは後述するが、一部の利用客が減ったことで「刺青お断り」というルールを作ったそうだから、この取締役の話がおかしいと思うなら、少なくとも山中湖観光振興公社の施設の利用は控えるという意思表示が必要ではないだろうか。「刺青お断り」ルールによって利用客が減れば、そんなルールは無くなるのだろうから。

 ハフポストの記事は元記事の一部の引用で、元の朝日新聞の記事には続きがあるし、見出しも異なる。朝日新聞の見出しは「タトゥー入浴OK、減った家族連れ 着地点探す温泉施設」だ。ハフポストの見出しとの違いが大きい点も気になるが、ハフポストの記事では「減った家族連れ」に関する部分の掲載がないので、それは仕方がないのかもしれない。
 朝日新聞の記事では、なぜ山中湖観光振興公社が「刺青お断り」の姿勢なのかが、その後に続けられている。記事によると、5年前までは刺青ありでも入浴OKだったそうだが、暴力団関係者の利用が増え、その影響で家族連れ客の利用が減った為に、地元警察と相談の上で「刺青お断り」に踏み切ったそうだ。
 個人的にはこの説明の合理性に疑いを感じる。まず、暴力団関係者の利用を「刺青お断り」というルールで排除しようとする乱暴さに疑問を感じる。刺青を入れているのは暴力団関係者に限らないのに、そのような者も含めて排除することが適当とは到底思えないし、また、暴力団関係者だというだけですら排除してよいとは言えない。彼らが脅迫や暴力など不当な行為に及べば話は別だが、暴力団関係者というだけで排除するのは差別的な行為で、暴力団が犯す脅迫や暴力と団栗の背比べということにもなりかねない。地元警察がこのような判断に加担しているというのも理解に苦しむ。これでは前段で懸念したように、山中湖周辺は刺青に限らず差別に寛容・無頓着な地域ということにもなりかねず、場合によっては富士山や山梨県等周辺地域の評判も落とすことにもなるかもしれないと懸念する。
 また、例えば刺青OKの施設に暴力団が集まりがちなのは、刺青NG施設が多いからであって、入浴施設が概ね刺青OKであれば、どこかに暴力団関係者が集中するということは減るだろう。さらに余談だが、刺青OKで家族連れが減ったわけではなく、暴力団関係の客の増加によって家族連れ客が減ったという話なのに「タトゥー入浴OK、減った家族連れ」という、刺青客が増えるとその他の客が減るかのような、誤った認識を与えかねない見出しを付けた朝日新聞記者にも強い懸念を抱いてしまう。

 記事には更に続きがあり、自分が感じた合理性への疑問が大きく間違っていないことを裏付ける内容がある。記事では富士山を挟んで反対側の静岡県・御殿場市の施設の状況も伝えている。それによると、御殿場市温泉会館の杉山明館長は、
 禁止する理由がない。たまにお客さんから『なんで入れ墨客がいるんだ』と苦情が寄せられる。でも、何もトラブルはありません
と話しているそうだ。このコメントから何がわかるのかと言えば、もし刺青OKにした結果、暴力団関係者等の客が増えたことによって家族連れ等の客が減ったとしても、実際にはトラブルが起こらないということは、利用客減は利用客の偏見が理由ということになるだろう。いくら背に腹は代えられぬという話であっても、施設側がその偏見に迎合していてはいつまで経っても偏見はなくならない。寧ろ暴力団排除を念頭に置いて刺青お断りというルールを設ける事こそが、刺青=アウトローという偏見を余計に助長しているように思う。
 一部に「刺青を嫌悪するのは日本の文化だ、郷に入れば郷に従え」のような主張をする人がいるが、刺青を嫌悪するのは文化ではない。近代以降、特に戦後に生じた偏見を単に野放しにしてきた結果であるだけだ。万が一文化の範疇に入るのだとしても、そんな合理性に欠ける文化など糞くらえで、さっさと消滅した方が万人の為だ。また「郷に入れば郷に従え」という話も乱暴で、ルールだから常に従うべきという考え方は適切ではない。これまでにも不適切なルールも山ほど存在してきたし、今も存在している。所謂ブラック校則などがその良い(悪い?)例だ。ルールの内容が合理的か不合理かという議論を「ルールだから守れ」という話にすり替える事程愚かな言説はないのではないか。もし「郷に入れば郷に従え」が常に正しいのだとしたら、どんな悪法でも一度成立してしまえば、改正・廃止など一切許されず、妄信しなくてはならないということにもなりかねない。ルールに合理性があるのか否かを検討していくことをしなければ、より良い社会の実現など未来永劫あり得ない。

 個人的には、犯罪や類する行為がないのにもかかわらず、暴力団関係者というだけで排除しようとすることが既に差別的な思考だと思うが、それは百歩譲って妥当だということにする。しかしそれでも刺青=暴力団と括って排除することに合理性があるとは到底言えない。
 刺青で暴力団を排除しようとすることに合理性があるならば、例えば、彼らが好むベンツやレクサス、トヨタ クラウンなどの車種でお断りルールを作ることにも合理性があることになりそうだ。しかし、そのルールに合理性があると考える者が多いとは思えない。それは、ベンツやレクサス、クラウンに乗っている暴力団関係者以外の者が不満を感じるからに他ならない。ベンツ・レクサス・クラウン=暴力団という括り方は非合理的だと理解できるのなら、刺青=暴力団という括り方、感覚もまた非合理的だと分かる筈だ

 最後に、記事では静岡県側の施設にも刺青のある者の利用に消極的だったり、拒否する施設があることも伝えており、山梨=刺青NG、静岡=刺青OKと考えるのは流石に短絡的だということを付け加えておく。

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