「詳細を知らず、コメントは控えたい」。昨日の投稿で触れた、台風被害を受けて10/13に行われた党の緊急役員会で、自民党の二階幹事長が「(被害は)まずまずで収まった」と発言したことについて、10/15の参院予算委員会で立民・杉尾議員に質問され、安倍首相はそう返答したそうだ(二階氏の台風被害巡る発言、「詳細知らずコメント控える」=首相 - ロイター)。更に、
確かめてもいない。復旧に全力を尽くすのが私たちの使命だとも発言したそうである。昨日紹介したように、当該事案は割合大きな話題となり、各所から表現の不適当さ加減が指摘されている。にもかかわらず、妥当だったかどうかを確認すらしていないようであれば、意図的にしらばっくれる為に確認していないと受け止められても仕方がないだろう。
朝日新聞の記事「首相「コメント控えたい」 二階氏「まずまず」発言に」では、もう少し詳しくやり取りが紹介されている。そこにはこうある。
首相は「コメントはできませんが」と前置きした上でこう答弁した。「私たちは『この程度であればよかった』ということは全くない」「確かめてないからコメントできないが、「この程度であればよかった」とは私たち(自民党)は思っていない」と言いたいのだろうが、そう思っているのなら、指摘のある二階氏の発言を確認していないのは不可解だ。しかも彼はよく「仮定の質問にはお答えしかねる」と言う。しかしこの「私たちは『この程度であればよかった』ということは全くない」という話だって、その前提に「二階氏の発言が指摘の通りだったとしても」「二階氏の発言の趣旨は確認していないので定かではないが」など、仮定を前提とした話だろう。これらを詭弁と言わずして何を詭弁と言うのだろうか。
政府のスポークスマンである菅官房長官も、首相と同様に二階氏の発言については「コメントを控える」としている。
台風被害「まずまずに収まった」発言 官房長官コメント控える | NHKニュースによると、菅氏は、
与党幹部の発言一つ一つに政府の立場でコメントは控えたい。発言については、その後、ご自身からご説明があったと聞いていると述べたそうだ。「与党幹部の発言」と言うが、首相が与党総裁であり、彼自身も与党に属する人間である。しばしばこのような立場の使い分けが行われるが、与党と政府が密接な関係性であることは明らかであり、都合が悪い時ばかりこんな説明、というか言い逃れが行われる。発言については本人から説明があったということは、釈明しなくてはならないような発言をしたということでもある。もしこれが野党議員などの発言だったら彼はコメントを差し控えただろうか。「指摘が事実なら遺憾である」ぐらいのことを言ていったのではないだろうか。身内に甘いとしか思えない。
また菅氏は、台風が中部関東東北を縦断して一夜明けた10/13の記者会見の中で、記者に「孤立して取り残された人についての情報は現時点である程度把握しているのか」と問われ、
詳細について申し上げることは控えたいと返答している。
この直前の記者とのやり取りの中で、「河川氾濫被害の詳細は調査中であり、国交省に確認する」という旨の発言をしており、彼はこの時点で質問に答えられるだけの情報を持ち合わせていないことがわかる。だが、彼が「詳細を申し上げることは控えたい」とした記者の質問は、”孤立し取り残された人”についての質問で、河川氾濫によって取り残され人に限定した質問ではなく、例えば道路が土砂崩れ等で通れなくなった場合なども含まれており、彼が「国交省に確認する」と答えた直前の話とは必ずしも重複する内容ではない。適切に答えるならば、「詳細を申し上げることは控えたい」ではなく「現在調査中/確認中である」だろう。前者だと情報を持っているが出さない、という意味合いで、後者は情報を持っておらず出せない、というニュアンスになるからだ。
この件だけを見れば、そこまで指摘するような話でもないかもしれない。また、「韓国のチョ・グク法相辞任 菅長官「コメント控えたい」:イザ!」のように、コメントを控えることが妥当な判断だと考えられる場合も確実にある。しかし前述のように、官房長官や首相は、常日頃から都合が悪いと「コメントを控える」として責任逃れをする傾向にあり、彼が適切な返答をしなかったのは「控える」癖がついてしまっているから、ではないのかという風に思え、これについても違和感を覚えた。
「コメントを控える」の類似表現で、昨今頻繁に用いられる表現に「コメントする立場にない」もある。例えば、9/28の投稿で書いた、関西電力の経営陣20人が、原発立地自治体の福井県高浜町の助役から多額の金品を受け取っていた問題に関連して、関西電力の関連会社が、福井県が地盤の自民党・稲田氏の政治資金パーティー券・112万円分を購入していたことが報じられた。
「電力、献金自粛もパーティー券 稲田氏側から112万円分購入 | 共同通信」によると、稲田氏の事務所は取材に対して「コメントする立場にない」と返答したそうだ。≒「ぼろが出るからコメントしたくない」と言っているとしか思えない。
9/5の投稿で書いたように、「誤解を招く」「印象操作」「真摯に受け止める」など、恣意的な解釈での濫用が横行し、有効性を失いつつある表現が既にいくつかあるが、この「コメントを控える」「コメントする立場にない」も同様だろう。10/12の投稿で、恣意的な言葉の解釈/強引な解釈を頻繁に展開することは、言語の破壊にも等しく、適切な議論の成立を妨げる行為でもある、などについて書いた。政府や与党政治家らによって、日本語の破壊と適切な議論の崩壊が進行させられつつあるのが日本の現状だ、と強く感じる。