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国家緊急権を発動させた香港当局


  10/4、香港の林鄭 月娥/キャリー ラム 行政長官が緊急法を発動し、政府への抗議デモ参加者らが顔を隠す為にマスクをつけることを禁じる覆面禁止法が10/5から施行された。
 6月に始まった香港のデモ(6/10の投稿)は、逃亡犯条例改正案への抗議活動として始まったデモだが、6月に改正案の延期が発表されても「撤回ではなく再び検討が始まる懸念がある」という理由でデモは止まず(6/16の投稿 / 9/1の投稿)、今も毎週末のようにデモ隊と警察の衝突が起きている。勿論全てのデモ参加者が警察と衝突しているわけではない。強硬な手段に訴えずにデモを行う者も少なくないが、一部のデモ隊と警察の衝突のレベルは週を追うごとに悪化している。


 香港警察の暴力行為もどんどん悪化しており、6月にはデモ鎮圧の為にゴム弾や催涙弾が用いられ始め、徐々に催涙弾の垂直射撃が常態化し、最近では実弾が使用されるようになり、遂にはデモに参加していた高校生が胸を打たれるという事態まで起きてしまった(【香港デモ】高校生に警察の実弾が命中、重体…の画像分析 - 黒色中国BLOG)。しかも、撃たれた高校生は暴動罪などで起訴されたと報じられているが(香港デモ、撃たれた高校生起訴 政府は「覆面禁止」へ 写真5枚 国際ニュース:AFPBB News)、撃った警察官の責任が問われたという報道は見かけない。前述の、中国事情に詳しい黒色中国さんが自身のブログで示した分析は、どの日本のメディアの分析よりも詳細だ。その分析を見る限り、確かにデモ隊も暴力的ではあったようだが、それでも威嚇もなしに上半身、しかも心臓に近い位置に向けて銃を撃つというのは、どう考えても適当な判断とは考えられない。

 AFPの記事は、「そのような事態を収拾する為に」という理由で行政長官が緊急法を発動し、覆面禁止法が施行されたという文脈だ。それはAFPの勝手な見立てではなく、恐らく香港当局の思惑を率直に伝えているのだろう。個人的に不思議なのは、なぜ何カ月も事態を収拾させることが出来ず、というより寧ろ悪化させてしまっている行政長官の責任が問われないのかということだ。一国二制度を蔑ろにする中国共産党の息のかかった長官であることを考えれば、不思議でも何でもないのだが、民主主義国家に属する市民の目からみれば、行政長官の責任が問われないのは不思議であるとしか言いようがない。
 但し日本にも、公文書の改竄など数々の隠蔽や捏造、そして首相自身がついた嘘も複数発覚しているにもかかわらず、安倍首相/自民党政権への支持率が下がらないという、民主主義的とは思えない現状がある為、日本の市民が「何カ月もの間事態を一向に収拾できない行政長官の責任が何故問われないのか」と言っても、あまり説得力はないのかもしれない。


 しかも、その覆面禁止法についても、正式に決定される以前の10/4の時点で反対/抗議デモが既に起きており(香港オフィス街、会社員らが「覆面禁止」に抗議デモ 写真10枚 国際ニュース:AFPBB News)、香港当局、というかキャリー ラムは火に油を注いでいる、事態を収拾させる気がないとしか思えない。覆面禁止法が施行されて初めての週末だった今週末も、これまでと変わらずデモは行われ、多くの参加者がこれまでと同様にマスク等を着用して参加していた。それは過激なデモ参加者に限った話ではない(あえてマスク姿で覆面禁止法に抗議 香港デモ怒り広がる:朝日新聞デジタル)。


 日本語で香港の現状を訴え続けている周 庭/アグネス チョウさんは、次のようにこの香港当局の姿勢を強く批判している。


 ハフポストも、緊急法について「「緊急法」とは? “緊急事態“に政府が議会無視で法案施行が可能に 香港返還後で初の発動 | ハフポスト」という記事を掲載している。ハフポストの記事には
「緊急法」の正式名称は「緊急状況規則条例」。詳しい内容が電子版香港法例にある。それによると、行政長官と行政会議(日本の閣議に相当)が「緊急的な状況、および公共の安全に危害がある」と判断した場合発動できる。
とある。つまり、国会に相当する機関の承認なく行政府が独断で決定することが出来るのが緊急法であり、それは日本の現在の政権・安倍自民党政権が改憲の必要性を訴える際にしばしば言及する緊急事態条項と類似する制度だ。
 緊急事態条項と言えばあたかも、戦争や災害など国家の一大事に政府が迅速に対応する為の有益な制度、かのようにも聞こえるかもしれない。しかし、政府に大幅な権限を与え、人権保護規定を停止するなどの非常措置をとる権限を認めるという、万が一偽政者が手にしてしまえば深刻な事態を招きかねない制度でもある。ヒトラー率いるナチ党が、当時最も先進的な人権規定を持つと評価されていたワイマール憲法の、第48条・国会緊急権を恣意的に用いて独裁を確立した、という話はあまりにも有名である(国家緊急権 - Wikipedia)。


 SNSを見ていると、香港政府のこの方針に苦言を呈している人の中に、緊急事態条項を織り込むことを目論む自民党政権や、それによる憲法改正を支持している人をしばしば見かける。どうやってその2つの整合性を図っているのか非常に興味深い。SNS上の個人だけでなく、一部のメディア(しかも全国紙)もそんな矛盾を抱えているように思えてならない。
 「もし日本の憲法に国会緊急権に関する条項・緊急事態条項が盛り込まれたとしても、香港やナチ党のような濫用は行われない」という、楽観主義というか根拠の薄弱な見通しを主張する者もいるようだが、香港当局が今回緊急法を発動して施行した覆面禁止法のような方針は、既に日本でも行われている。しかも、緊急法/国会緊急権など発動せずに似たようなことが行われている。
 3/11の投稿で、福岡県警が「特攻服を着て通行人に威圧感を与えたなどとして、中学3年の少年少女12人を補導した」ことについて書いた。この件は覆面禁止法ならぬ、特攻服禁止令のようなものだろう。しかも、緊急法/国会緊急権同様に、議会を通さず警察が独断で特攻服を着ているだけで取り締まりを始めたという点も、香港当局の姿勢との類似点だ。国会緊急権に関する条項・緊急事態条項が成立する以前から、警察という国家権力によってこのようなことが行われているのだから、万が一緊急事態条項が成立してしまったら、どんなことが起きるのか、起きる懸念が生じるのか、それは誰の目にも明らかではないだろうか。
 更に言えば、例えば現自民党政権が国会緊急権に関する条項を濫用しなかったとしても、日本は独裁国家ではないので政権交代の可能性は多分にあり、憲法の規定はその政権限りではなく改正されるまで効力を持つ為、悪用する政権が絶対に出てこないと保障することは誰にも出来ない。常に誠実な者が権力の座に就くとは限らないのは、民主主義の欠点の1つだ。


 そもそも、現政権は既に人権を不当に制限したと考えられる姿勢を既にいくつか示しており、そんな政権による改憲など断じて認めるわけにはいかないし、それが国会緊急権を設けてはならない根拠の1つでもある。
 例えば、ジャーナリストの安田 純平さんや常岡 浩介さんらがパスポートを取り上げられ、憲法22条で保障されている「海外渡航の自由」を(海外渡航の自由 - Wikipedia)、国によって侵害されているのはその1つの例だ。
現政府が彼らの渡航に制限をかけた理由には、危険とされている地域への渡航歴が彼らにあり、再びそのような地域へ渡航する恐れがあることなどが挙げられている。
 香港でも、インドネシアのジャーナリストが、取材中に警察の発砲したゴム弾で右目を失明したという件が発生しており(香港デモ、外国人記者が警察のゴム弾で片目失明 - BBCニュース)、もしこのまま香港の情勢が悪化すれば、取材に向かおうとするジャーナリストの渡航が制限される恐れが生じると言えそうだ。もしそうなれば、日本のジャーナリストは香港の現状を直接的に伝えることができなくなってしまう。

 勿論、万が一そのようなことになったとしても、香港市民も直接SNS上で発信を行うだろうし、他国のジャーナリストやメディアによる報道も当然行われるだろうから、日本に情報が一切入ってこないということにはならないだろうが、日本人の視点による報道はゼロになり、日本人が「何が正しくて何が恣意的な話なのか」ということを判断する為の材料を1つ、もしくはそれ以上失うということには違いがない。
 黒色中国さんは、中国内のSNSで出回っている、デモ隊=暴徒・香港警察=治安を守る正義の味方というニュアンスを強調して編集されたムービーをツイッターで紹介している。


日本人が判断材料を1つ以上失うということは、このような恣意的な視点による情報の影響力を結果的に強めることが懸念される、ということでもある。
 このツイートへの反応の中には、「まるで日本の警察24時的な番組みたい」という感想も多く、万が一緊急事態条項が成立してしまえば、日本でもこのようなプロパガンダ的な情報以外の発信が制限されることにもなりかねない。

 つまり、冒頭で触れたこれまでの投稿でも何度も書いているように、

香港の現状は決して対岸の火事ではない

ということだ。大事なことなので何度でも言いたい「香港の現状は決して対岸の火事ではない」。他人事と考えていると、気がついたら大変な事にもなりかねない。日本の選挙投票率の低さや、この週末に行われたJNNの世論調査の結果などを見て、自国の状況さえ他人事な者が多いのではないだろうかと、強く危惧する。危惧というよりも寧ろ、絶望感にも似た感情が湧いてくる。




 トップ画像は、Clker-Free-Vector-ImagesによるPixabayからの画像OpenClipart-VectorsによるPixabayからの画像Jean-Pierre PellissierによるPixabayからの画像OpenClipart-VectorsによるPixabayからの画像 を組み合わせて加工した。

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