「先手を打つ」とは、囲碁や将棋で先に手を打つ者を「先手」、後に手を打つ者を「後手」と呼ぶことに由来し、先に攻撃をしかけること、起こりそうな事態に備えておくことを意味する表現だ(先手を打つ(センテヲウツ)とは - コトバンク)。将棋や囲碁では、決して後手が不利だとは言い難いが、例えば「先手必勝」とは言うが「後手必勝」とは言わないし、受け身で立ち回ることを「後手後手」と言ったりするなど、「後手」は何かとネガティブに用いられがちだ(後手(ゴテ)とは - コトバンク)。
昨日、電通本社に勤務する社員に新型コロナウイルスへの感染が確認され、本社勤務の全社員に今日(2/26)から在宅勤務をさせることになった、という報道があった(新型肺炎、国内企業活動にも波及-電通は本社の全社員を在宅勤務に - Bloomberg)。
これこそがまさに「後手後手」の対応である。既に日本各地で感染経路の特定できない感染者が複数報告されている状況に鑑みれば、未検出の感染者が相応に存在している恐れを考慮し、感染者が出ていなくとも出来る限り在宅勤務させるなどして極力人の移動と接触を抑制するのが、新型コロナウイルス対策に先手を打つ、と言うことだ。感染者が出てから在宅勤務を命じるようでは明らかに受け身の対応であり、つまり後手後手ということだ。
この電通の件を受けてか、資生堂は2/26から3/6まで社員の出社禁止を命じた(資生堂、8000人の出社禁止 新型コロナ対策:日本経済新聞)。電通の件を受けて、という意味では資生堂も後手後手だが、同社では感染者は確認されていないが出社禁止という対応に踏み切った、という風に見れば、資生堂は先手を打ったと言えるだろう。
北海道では学校関連の感染者が複数出ていることに鑑み、全ての公立校に休校を促し始めた(北海道教委、全小中学校の休校要請へ - 毎日新聞)。
資生堂同様に、感染例が確認されてから休校の措置を取り始めた、という点では後手後手の対応と言えそうだが、少数の感染例を受けて全道で一斉に休校の措置を講じている、という風に捉えれば、北海道では先手が打たれた、と言えそうだ。
多くの人は、なぜトップ画像と冒頭の話題が「先手」なのか、既に予想がついているだろうが、それは、2/16に安倍首相が、新型コロナウイルス感染症対策本部で「国民の命と健康を守るため、打つべき手を先手先手で打ってもらいたい」と指示した、と報じられていたからだ(新型肺炎 首相「打つべき手を先手先手で」 政府が対策本部・専門家会議開催 - 毎日新聞)。
中国・武漢での新型コロナウイルスへの感染が始まったのは昨年・2019年12月で、それが報道され始めたのが、年明けから1週間経つか経たないかの頃だった。2/26の投稿でも触れたように、当初は「人から人への感染は確認されていない」と強調され、厚労省は「過剰な心配は必要ない」としていた(中国で謎の肺炎 厚労省「過剰な心配は不要」 帰国者に症状申告呼びかけ - 毎日新聞)。しかし程なく人から人への感染が確認され、当時厚労省が「過剰な心配は必要ない」と呼びかけたことが、逆に人々の不安を煽ることになったと自分は認識している。
更に、横浜港に停泊中のクルーズ船・ダイヤモンドプリンセス号内で感染が確認され、同港に接岸したのが2/3のことで、当初は楽観論が大半だったが(横浜のクルーズ船、ツイッターに検疫「実況」も 混乱なく劇鑑賞など継続 - 毎日新聞)、徐々に感染が拡大、乗客や乗員だけでなく、対応に当たった厚労省職員や医療スタッフからも感染者を出す結果となった。
2/16の時点で既に同船内だけでなく日本国内でも混乱が見られ(2/16の投稿)、この安倍氏の「先手先手」という発言に対しては、「どのタイミングで言っているのか」という批判が既に目立っていた。言い換えれば、2/16の時点で日本政府の対応は既に「後手後手」だった。
それだけでも既にお笑いぐさなのに、それから約10日後の昨日、政府はやっと「感染拡大に備えた対策の基本方針」なるものを発表した。その詳細は「【新型コロナウイルス】「極めて重要な時期」政府が基本方針を発表(全文) | ハフポスト」等で確認して貰いたい。
まず感じるのは、人から人への感染と国内での感染者が確認されてから、約1ヶ月も経ってからの「基本方針」発表、の一体どこが「先手先手」なのだろうか。そして中身を要約すると、流行の早期終息を目指しつつ、患者の増加のスピードを可能な限り抑制し、流行の規模を抑え、重症者の発生を最小限に食い止めるべく万全を尽くし、社会・経済へのインパクトを最小限にとどめる為に、
- 手洗い、咳エチケット等の一般感染対策の徹底
- 発熱等の風邪症状が見られる場合の休暇取得、外出の自粛等の呼びかけ
- 感染への不安から適切な相談をせずに医療機関を受診することは、かえって感染するリスクを高めることになること等の呼びかけ
- テレワークや時差出勤の推進等を強力に呼びかけ
- イベント等の開催について、現時点で全国一律の自粛要請は行わないが、感染の広がり、会場の状況等を踏まえ、開催の必要性を改めて検討するよう要請
手洗いや咳エチケットについては既に各種メディアを通じた啓蒙がなされており、それを再度確認したに過ぎない。また休暇・外出・テレワーク・イベントの催行に関しては、それらを控えること/推進することが出来る環境の整備に関する施策には一切触れていない。つまり、単に「お控え下さい」と言っているだけに過ぎない。
もう既に以前から、各方面から指摘されていることだが、現場仕事やブルーカラーの人達はテレワークが物理的に不可能で、しかもその種の人達には労働日数が減ると収入源に直結する人も多く、休業補償等がされなければ休暇を積極的に取るわけにもいかない。また、外国からの観光客が激減しており、既に経営破綻した旅館が出たという報道もされている(愛知の旅館が経営破綻 新型肺炎で初、中国人客減:時事ドットコム)。各種イベントだって、直前で催行を止めれば主催者には、準備の為の予算は使っているのに参加費等を返金しなくてはならなくなる等、様々なリスクが生じるし、止めたくても止められない環境にあるイベントも決して少なくない。
そもそも、テレワークや出社の抑制は労働者個人の責任や善意だけでやらせるべきではなく、政府が経団連等に働きかけて行うべきではないのか。しかしそんな動きは一切見られない。日頃から感じることではあるが、結局現政権は労働者よりも企業や経営者の方を向いていると言わざるを得ない。
また、一部感染や体調不良によって受験できない受験生の救済措置を講じる学校もあるようだが、東京大学などは一切救済措置なしとしており(東京新聞:感染欠席、東大や阪大は救済なし 2次試験、国立で対応に違い:社会(TOKYO Web))、
それでは感染が疑われる受験生が、無理をして公共交通機関で受験会場に足を運んでしまう恐れがあり、感染拡大の原因にもなりかねない、という指摘もなされている。なぜ文科省は全国的な措置を講じたり促したりしないのだろうか。
つまり、何の策も講じずに、ただただ「お控え下さい、しかも自己判断で」と言うのは、現政府の無責任体質そのものであり、国民に自己責任論を押し付けているのと何も違わない。先手先手どころか、後手後手以下の対応を発表したのが、政府の示したt対策基本方針だった、と言っても過言ではないのではないか。
そして、昨日は「新型コロナ対応「先手先手だと思いますよ。しっかりやっている」 菅官房長官会見詳報 - 毎日新聞」という報道もあった。
もう本当にウンザリなので詳細は割愛するが、彼らが言葉尻の帳尻合わせに終始する内閣であることは、桜を見る会の問題にまつわる各種強引な説明だけを見ても既に明白だ。つまり「先手を打った」「しっかりやっている」とさえ言えば、先手を打ったことに出来るという認識でしかないのだろう。この「私たちがそう言っているのだから、そうに違いない」という発想は、2/19の投稿で書いた「朕は国家なり」の発想だ。
「責任論は後でいい」とか呑気なこと言ってられる(2/17の投稿)ようなレベルでは、全くないのが安倍自民党政権だ。
最後に一つだけ付け加えておくと、「感染対応、国際ルール提起へ クルーズ船入港で不備露呈:時事ドットコム」のような報道があるが、物理的に考えて寄港地が最も主体的に関わるしかないのは明白であるのに、「責任論は後でいい」派の人達は、この最中にダイヤモンドプリンセス号に関する責任論を始めた、加藤大臣や日本政府には何故何も言わないのだろうか?全く理解に苦しむ。
トップ画像は、2011-09-19 16-52-40 | 鈴木 宏一 | Flickr を加工して使用した。