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サブカルチャーへの偏見が絶えない人権後進国

 誰もが知っている擦られまくった曲のことをクラブアンセムと呼んだりする。所謂大ネタだ。誰もが知っているので大抵盛り上がる。しかしDJプレイは大ネタばかり使えばいいというものでもない。勿論大ネタ連発で盛り上がる箱・パーティー・客層というのもあるが、大ネタ連発ではシラケてしまう箱・パーティー・客層も確実に存在する。基本的に大ネタが受ける箱でも、所謂ラウンジのDJが大ネタ連発するのは場にそぐわない。


 Spankox が2004年にリリースした To The Club も間違いなくクラブアンセムと呼ばれるような、リリースからどれだけ時間が経ってもかけられ続ける曲の1つだ。

 ハウスやテクノなどのダンスミュージックシーンでクラブアンセムと呼ばれる曲にはインストゥルメンタルも多いが、この曲には、軽いボイスサンプリングにとどまらないしっかりとした歌詞がある。この曲がヒットしてクラブアンセムと呼ばれる域に達した主な理由は、そのキャッチャーで覚えやすい歌詞だろう。
 月曜日から日曜日まで1週間毎日、頭が痛くてもクラブに行く。たまに今日はやめようかな?と思うが、友達から電話があればやはり行っちゃう、というクラブジャンキー的な歌詞だ。この曲がリリースされた当時、自分はまさにこの曲の歌詞のような状態だった。流石に1週間7日間毎日クラブで朝までとまではいかなくても、少なくとも週に4日はクラブに通っていた。イベントの多い週はまさに毎日クラブだった。そんなこともあってこの曲への思い入れは強い。

 近年は毎日クラブ通いする程の体力も気力もないし、それどころか毎週クラブ通いすることもなくなった。そして今年に入ってからは新型ウイルスの感染拡大によって、クラブどころか全然遊びに行かなくなった。
 新型ウイルスの感染拡大によって、クラブでイベントが開催し難くなったのは世界共通で、欧米でもパーティーが開けず、その影響で毎週末フェス規模のかなり豪華な布陣のDJ配信が行われている。しかもそれが複数あるので、ワイヤレスヘッドホンと酒さえあれば自分の部屋が小さなクラブと化す。クラブ通いがきつくなってきたお年頃の自分には、寧ろ好都合な環境になっているかもしれない。自宅にはプロジェクターが常設してあるし、疲れても座る場所を探す必要もない。常に空いたソファがすぐそばにある。変な時間に眠たくなったとしてもタクシー代もかからない。

 但しクラブの醍醐味であるデカいスピーカーはないので、その正面で、若しくは中に頭をツッコんで、全身で音を浴びることが出来ないのは残念な点だ。最近はポケットWifiの類が優秀で、出先でネット配信を鑑賞するのはとても簡単なので、ハイエースのような1BOXを少し弄ってオーディオシステム重視の車中泊車にして、周囲を気にせずに相応の音を出せるような山奥か工業地帯なんかに行って音を浴びる、なんてのも良さそうだ。しかし流石にハイエースじゃステップを踏むことは出来ないから、2トントラックだったら最高かも?なんて妄想も膨らむ。
 自分はあくまでも客側の人間だから、この状況でもそれなりに楽しむことはできるが、イベントを開催することを生業にしてきたプロモーターや箱の経営者、そしてDJ達は、全くそんな雰囲気ではなさそうだ。世界レベルで名の売れているDJであれば、ネット配信でも相応に稼げるのだろうが、人を集めてエントリーフィーや酒類の売り上げで収益をあげていたクラブは、配信場所を提供するという手段によって多少の利益は上げられても、収入がかなり減っていることは想像に易い。

 シンガーソングライターの七尾 旅人さんがこんなツイートをしていた。

本当にその遠りだと思う。都心の通勤時間帯の電車は7月頃から既に混雑しているし、それとクラブやライブハウスの一体何が違うんだ、という思いが自分もずっとあった。七尾さんが、「これだけ飛行機が混んでみんな普通に談笑しているんだから、クラブやライブハウスも通常営業でいいだろ」と思っているのか、「クラブやライブハウスがダメなんだから交通機関だってだめだろ」と考えているのかは定かでないが、自分は後者の考えだ。
 政府は9/10にイベント開催制限を緩和し、屋内・屋外とも入場者数5000人以内、もしくは会場の収容人数の50%以内のどちらかの、より厳しい方の条件でのイベント開催を認めた。しかし、7月以降再び増えた日ごとの新規感染者数は、多少の増減はあるものの決して減っていないし、ヨーロッパでは再び新規感染者が増加傾向にある。また、会場の収容人数の50%以内という条件は、所謂小箱ではイベントが成立するような条件でない。だがそのような事業者に対する支援は決して充分ではない。充分ではないどころか全く不充分である。

 交通機関を止めたら経済が大打撃を受けて大変なことになる、みたいなことを言う人もいるが、活動が止まったら大打撃を受けるのは、クラブやライブハウスの経営者だって同じだ。無意識にそんなことを言っているのだろうが、その背景には間違いなく差別がある。担当大臣や都知事らが、そしてテレビを始めとしたメディアも、こぞってパチンコ店や夜の街が危険だとレッテルを貼りをしたことは、その種の差別を助長していたとしか言えない。9/10の投稿9/13の投稿でも取り上げた、TOKYO DANCE MUSIC WEEK2020 のトークセッションの中で、4月に新規でライブハウスを立ち上げる予定だったが、新型ウイルスの影響で苦境に立たされたが、何とか8月に開店にこぎつけたスガナミユウさんが、国や自治体の支援の不備についてかなり憤りを示したのに対して、都民ファースト所属の都議・入江 のぶこさんが、「都知事もナイトクラブなどの現状について勉強している最中」のような発言をしていたが、ハッキリ言って「今更勉強しているのか、遅すぎる」という感しかない。4月から今日までの間に、どれだけの箱が廃業に追い込まれただろうか。そもそも、夜の街だのとレッテル貼りをしていた人が今更「勉強している」という話を、一体誰が信じられようか。

 このままでは、Spankox の To The Club のようなクラブ活動ができるようになる前に、日本のクラブ文化自体が失われてしまいかねない。果たしてそのような危機感が国や都にあるんだろうか。つい数年まで風営法の古い規定を根拠にしてクラブ狩りのようなことをやってきたのがこの国の警察である。つい数年前までと書いたが、今はこの動きがやや鎮静化しているだけで、今後復活しないとも限らない。もしかしたら、国や都は「この際だからクラブのようないかがわしい業界を一層したい」と思っているのではないか?と勘繰りたくもなる。
 平然と「クラブはいかがわしい」などの偏見を示す人が、SNSを中心に少なくないが、他人に偏見を持つということは、いつか自分も偏見に晒される恐れがあるということであり、自分の趣味や楽しみが偏見によって奪われることを厭わない、という覚悟がないならば、今すぐに考え直した方がいい。大麻が違法でない国の現状すら見ていない人が大麻を嫌悪する。クラブに行ったことすらない人がメディアの作るイメージでクラブカルチャーを嫌悪する。20年前頃までのオタク系サブカルチャーへの嫌悪と同じことが今も起きている。

 トップ画像は、Photo by Pim Myten on Unsplash を加工して使用した。

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