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日本の警察にも、差別的な認識を持つ者が少なからずいる


 写真家の相澤 義和さんのツイートが気になった。新宿で警察官に職務質問され、「仕事は何をしているの?」と聞かれ写真家だと答えたら、「そんなちっちゃなカメラで?」と返されたそう。確かにカメラの大小、つまり高額なカメラを持っているかどうかで写真家の良し悪しを判断する人というのは一定数いる。知り合いのカメラマンが言うには、駆け出しの頃(5-6年前)にコネで格安にて撮影をして欲しいと依頼され、ミラーレスを持って現場に行くと、「大きいカメラないの?じゃぁいいや」とドタキャンされたらしい。勿論フルサイズ一眼じゃないとダメなんて話は聞いていなかったそう。
 撮影を依頼したカメラマンが、20年以上前の100万画素にも満たないセンサーのコンパクトデジタルカメラしか持ってこなかったら、「え?この人大丈夫?」と思われるのも当然かもしれない。しかし、相澤さんが持っていたのはリコーのGRらしい。GRシリーズはフィルム時代から定評のある高品質コンパクトカメラの代表格だ(Wikipedia:リコーのカメラ製品一覧#リコーR/GRシリーズ / リコー・GRデジタルシリーズ)。


 その警察官には、大口径レンズを付けた一眼レフを構える所謂ステレオタイプのカメラマンのイメージしかなく、プロもコンパクトカメラを使うということを知らなかっただけで、悪気はこれっぽっちもなかったのかもしれない。しかし似たような発言が自分に投げかけられたらどう感じるだろうか。
 例えば、非番の日にたまたま何かの事件に遭遇し、警察官であることを名乗り出た際に、「平日の昼間にその恰好で本当に警察官?」と言われたらどうだろうか。憤るかどうかは別にしても、「警察官だって非番の日は普段着で当然だろ?カレンダー通りの職業じゃないし、非番の日まで制服着ているはずないじゃん」、又は似たようなことを少なからず感じるのではないか。
 カメラマンだって同様だ。常に一眼レフに大きなレンズを付けて持ち運んでいるわけじゃない。オフに半ば趣味で撮影するなら携帯で撮ることもあるだろうし、仕事でだって状況に合わせて使うカメラを選ぶだろう。たまたまその時に持っていたのがコンパクトカメラだったという理由で、写真家であることを疑っているようにも聞こえる「そんなちっちゃなカメラで?」なんて失礼なことを言うのは軽率だ。軽率なのは警察官でなくてもそうだろうが、職務質問をした警察官の発言なら尚更である、と言わざるを得ない。

 自分はこのツイートに対して次のようにコメント付きリツイートした。
 無礼な警察官ってなんなんだろうね。世間知らずなのかマウント取ることが常態化して横柄という概念を失ったのか、見ず知らずの相手に失礼な態度とっておいて職質に協力しろって、馬鹿なのかな?協力しようって思うわけないだろ?協力を当たり前と思うなよ?
これまでにもこのブログでは、何度も横柄な態度の警察官や、決めつけてかかる警察官について書いてきた。
なぜ何度も似た話をするのかと言えば、自分もそのような警察官に、これまで複数回嫌な気分にさせられた経験があるからである。自分のそのような体験だけではなく、世間一般で言われていることなども勘案すれば、日本の警察は他地域のそれに比べれば誠実な人が多いようにも感じる。しかし、だからと言って大目に見ろと言われても納得は出来ない。
 警察24時的な番組やワイドショーなどに出演する元警察関係者らが、「何かやっている奴は見れば分かる」的なことを言っているのを目の当たりにすると、「いるよね、こんな風に決めつけてかかる警察官」としか思えない。何故なら、悪いことをしている奴は見れば分かるのなら、悪いことをしている奴以外に職務質問する必要はないので、自分や相澤さんのように、何も悪いことをしていない一般市民が警察官に無礼・横柄な態度で対応されることも起きない筈だ。


 今日の投稿で警察官の無礼・横柄な態度を取り上げた理由は他にもある。もう一つの理由はこのツイートだ。


 これも「決めつけてかかる警察官の横柄な態度」の例だ。しかもこのケースの深刻度は非常に高い。当人は「嫌な気分になります」と優しく言っているが、端的に言って人種差別の疑いがある。とても残念なことに差別しているのは警察官である。
 欧米、特にアメリカで、警察官が黒人容疑者に対して過度の暴力を振るって殺してしまったという話が度々報道される。その背景にあるのは「黒人だから犯罪者だろう」という決めつけや人種差別的な感覚だ。全てのケースがそれに当てはまるとは断定できないが、概ねそのような認識が背景にあると言っても過言ではない。そんなニュースが報じられても多くの日本人は、「日本ではそんなことにはならない」と感じると思う。しかし実際は日本の警察官にも差別的な認識を持つ者が少なからずいる、ことがこのツイートから分かる。

 移民問題・移民文化に造詣の深い望月 優大さんは、次のようにコメント付きリツイートしている。


更に、社会学者・開智国際大学非常勤講師の下地 ローレンス 吉孝さんが、望月さんが編集長を務めるウェブサイト「ニッポン複雑紀行」へ寄せた記事、「「日本人」とは何か?「ハーフ」たちの目に映る日本社会と人種差別の実際」も紹介している。その記事でも、ガーナ人の父と日本人の母を持つ、日本生まれの男性(日本国籍)の
 よく昼間に警察に止められたりすることもあって。「きみ、(外国人)登録証見せなさい」って。「は?そんなの知らない」と思ってさ。「日本人ですよ」みたいな感じで言っても「いやいや登録証がないとだめだよ」って。「しつこいな」と。
 ちょうどその時母親が偶然通りかかって、「彼日本人なんで登録証必要ありません」って説明したら一発で納得してくれてさ。俺のときは全く納得してくれなかったのに。そういうのには本当に困った。
という話が紹介されている。つまり、多くの日本人の周りにそのような人がいないだけで、日本の警察官にも人種差別をする人が含まれているというのは紛れもない事実だ。


 そもそも、相澤さんへの職質の件だって、人種差別ではないが軽い職業差別には該当するだろうし、見た目や状況だけで犯人と決めつけるような態度にも差別や偏見の疑いがある。典型的な例は、2017年8/11の投稿で触れた、中学生を万引き犯と決めつけて、任意の聴取の中で「お前を高校に行けなくしてやる」「お前の首を取る」「人生終わりだ」「お前は社会を分かってない」などと、脅迫としか思えないような発言を警察官がしていた件だ。
 昨今、こんな認識を持っているのは警察官に限らず、政治家の中にも同種の者が紛れ込んでしまっているし(N国・立花孝志党首「あほみたいに子どもを産む民族は虐殺」「差別やいじめは神様が作った摂理」などと言及 | ハフポスト)、市民の中にも少なからずそのような人はいる。しかし、市民の安全と安心を守る筈の警察官が、差別や偏見を厭わないようであれば、警察の信頼性は下がり、その影響で治安が悪化することにも繋がりかねないので、事態はより深刻で、更に厳しく批判する必要性があるのではないか。

 そもそも、

 警察官かどうか、政治家かどうかに限らずどんな人だろうが、差別や偏見は許されるものではない。

ということだけは再確認しておきたい。


 トップ画像は、Photo by Alex Martinez on Unsplash を加工して使用した。

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