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社会の歪み


 知的障害者施設・津久井やまゆり園で、元職員の植松 聖被告が入所者19人を刺殺し、職員を含む26人に重軽傷を負わせた相模原事件の判決が3/16に言い渡された(【判決要旨】植松被告に死刑判決「計画的かつ強烈な殺意に貫かれた犯行」 BuzzFeed Japan)。新型コロナウイルス騒動に影響もあり、テレビなどでの扱いは予想していたよりも小さかったが、BuzzFeed JapanやハフポストなどWeb系メディアでは複数の関連記事を掲載していた。

 この事件に関する報道を見ていて常に違和感を覚えるのは、植松被告の「障害者が周りを不幸にする」という歪んだ思想だ。 また弁護側は、大麻吸引によって精神的に正常でない状態に陥っていたので責任を問えない、として無罪を主張していたようだが、この弁護側の大麻の影響下という理由での無罪主張にも歪みを感じる
 大麻吸引が大量殺人を引き起こす直接的な原因になるなら、多くの地域で解禁・非犯罪化に向かっているのは非合理的だということになる。しかし、それらの地域で大量殺人や、凶悪犯罪が増えたというデータがあるだろうか。少なくとも自分は見たことも聞いたこともない。
 もし大麻の成分に深刻な精神異常を誘発する恐れがあるとして、誰かに強制的に大麻を吸わされていたわけでもなく、自ら好んで摂取していた者の責任が、それによって問えないというのは明らかにおかしい。 アルコールを摂取して何かしらの強迫観念にかられ、人を暴行したりするなど何かしらの犯罪行為に及ぶ、という事件は枚挙に暇がないが、誰かに酒を飲まされたわけでもなく、自ら好んで酒を飲み酩酊状態になるなど正常な判断が行えないように状態になって犯した行為について、「アルコールの影響かでの犯行なので責任は問えない。だから無罪を主張する」という話を、一体誰が納得できるだろうか。


 この判決に関連する記事の中で最も興味深い内容だったのは、BuzzFeed Japanが掲載した「相模原障害者施設殺傷事件 死刑判決と植松被告の「黒い部屋」」という記事だ。この記事を書いたのは、近年は貧困問題などに言及することが多い作家で政治活動家の雨宮 処凛さんだ。
 他の記事では、被害者の家族等関係者が「裁判では事件の背景、植松被告がどのような経緯であのような思想に至ったのかが、充分に明らかにされなかった」という趣旨の見解を示している場合が多いが、雨宮さんの記事を読むと、勿論充分でないながらも植松被告が事件を起こすまでの経緯を僅かに垣間見ることが出来る。
 最初に確認しておくが、植松被告に同情するつもりは一切ないし、擁護するつもりも全くない。自分は雨宮さんの記事を読んで、昨夏に書いた「若者が半グレ集団に気軽に関わってしまう背景にあるのは、不公平な社会」というブログ投稿のことを思い出した。その投稿の結論として、
若者だって健全に稼げる選択肢、働いた分だけ対価を得られる選択肢があれば、わざわざリスクを負うような選択はしないだろう。少なくともそのような選択をする者は減る筈だ。
と書いた。
 努力しても報われ難い社会、相応の対価を得難い状況下では「真面目にコツコツやっても意味がない」という認識が生まれやすく、若者など持たざる者がリスクを犯して半グレ集団の非合法な活動に手を染めやすくなるのではないか、ということを書いた。雨宮さんの記事に出てくる植松被告は、そんな若者の極端な例、なれの果ての姿かもしれないと思えた。

 BuzzFeed Japanの「彼は、一緒に働いていた「植松聖」ではなかった。相模原事件で死刑判決、施設園長の思い」という、やまゆり園の入倉 かおる園長らが3/16の判決後開いた会見に関する記事には、
植松被告はその後、刺青をしていることが発覚し、施設側から咎められたという。さらに「障害者は不幸」などと述べていたことが問題視され、その面談時に自ら、退職を申し出た。
とある。
 この「その後」とは、ポケットに手を突っ込んで施設の利用者を誘導したり、遅刻や予定時刻より前に退勤するなど、植松被告は雑な面、一般常識に欠ける面のある職員ではあったが「やんちゃなにいちゃんだけど、悪い印象はなかった。仕事をしようと思っているんだなとも思えた」が、しかし… のようなニュアンスである。
 勿論文脈にもよるだろうが、障害者施設で働いているのに「障害者は不幸」などと言っていたら問題視されて当然だろう。だが、「刺青を入れているのが発覚して咎められた」というのはどうも腑に落ちない。何度も確認するが、19名もの命を奪いそれ以外にも多くの人にケガを負わせた植松被告の行為を擁護するつもりは一切ない。しかし、刺青を入れているだけで咎められたということは、植松被告に対しても偏見の目が向けられていた、ということに他ならない。そのようなことの積み重ねが障害者への偏見に繋がった恐れもあるのではないか。

 判決を受けて日本障害者協議会の藤井 克徳代表が示した見解に関する、BuzzFeed Japanの記事「「社会の中にいる『小さな植松』と、どう向き合っていくか」相模原事件の死刑判決を受けての「これから」」には、
ネットの中で飛び交っている『小さな植松』とどう向き合っていくのか。そしてネットの社会だけでなく、彼が生き、影響を受けた『社会』や、彼が働いていた施設の制度を作った政府について考えていくべきだったが、それがなかった
という藤井氏の言葉が示されている。
 この言葉に続いて、2018年に中央省庁の8割にあたる行政機関で障害者雇用の水増しが発覚したこと、1996年まで存在した旧優生保護法の下で行われていた障害者の強制不妊手術の背景には、優生思想、差別意識、隔離思想が確実にあったことなどにも触れられている。
 この記事を書いた冨田 すみれ子さんは、記事を紹介するツイートの中で、
障害者雇用水増し問題などにも通じる差別意識や優生思想。社会全体で考え、変えていかなければいけないと強く感じました。
という思いを吐露していた。
 確かに、この事件や裁判が話題になる度に、「小さな植松」がSNS上に多く確認できる状況が広がってきたし、そんな投稿は今も多く目に入ってくる。何よりもまず、在日朝鮮人への「抹殺しよう、残酷に殺そう」という脅迫文(1/28の投稿)や、出ていけという手紙を中華料理店に送り付ける行為(3/5の投稿)など、差別や偏見に基づく行為に対して、スルーせずに「差別や偏見は許されない」という毅然とした態度を示せる人を国のトップに据えたい。WHOの「名前がいわれのない差別や偏見に利用されることを防ぐことが重要」という呼びかけを無視し、国会で武漢ウイルスという呼び名が妥当などとして、そう連呼するような者が副首相が居座り続ける限り(3/11の投稿)、「小さな植松」は確実にこの国に残り続ける。


 個人的には以前から認識していたし、そう思ってきた人は決して少なくないだろうが、このコロナウイルス騒動によって更に、首相や政府の認知にはかなり大きな歪みが生じているのが明白になった。個人事業主や自営業者、フリーランスを明らかに馬鹿にした、合理的な説明の出来ない被雇用者の半分しか支援しない対策を講じる等(フリーランス4100円「労働時間決まっていないので」:朝日新聞デジタル)、そんな例は枚挙に暇がないのだが、安倍氏は昨日の参院予算委員会で、
雇用・所得環境の改善が続くなか、消費税率引き上げの影響は薄らいできていた
経済指標を丁寧に分析すると、新型コロナウイルス感染症が発生する前までは(景気は)上向きの動きが見られていた
と述べた(首相「新型コロナ前まで景気は上向き」 参院予算委 :日本経済新聞)。
 「新型コロナウイルス感染症が発生する前までは(景気は)上向きの動きが見られていた」ということは、
という3/9の報道を勘案すれば、安倍氏は新型コロナウイルスの流行は昨年・2019年9月頃から始まったと認識していることになるし、昨年・2019年1月に政府が「景気回復「戦後最長」の可能性」という認識を示し、NHKがそのまま広報した際に(2019年1/30の投稿)、見出しは
としたものの、経済分野に関しては政府寄りの見解を示す日経までもが、
ただ過去と比べると、今回の景気回復期は成長率が低い。年平均の実質国内総生産(GDP)成長率は1.2%。08年まで続いた景気回復期は1.6%で、65~70年のいざなぎ景気は11.5%だった。「実感なき景気回復」との声もある。
と懐疑的な見解を示したことを考えれば、安倍氏は新型コロナウイルスの流行は2019年の1月頃に始まったと認識していることにもなりそうだ。
 しかし実際に新型コロナウイルスの流行が中国 武漢で始まったのは、2019年12月のことである(新型コロナウイルス感染症の流行 (2019年-) - Wikipedia)。安倍氏は、日本経済の落ち込みの要因を、自身の経済政策や消費税増税ではなくコロナウイルスの流行の所為にしたいが為に認識を歪めている、と断言する。


 認識を自己都合で平気で歪める者を国のトップに据え続ける限り、社会の歪みが矯正される可能性は著しく低い。つまり、そのような者に首相を続けさせる限り、努力しても報われ難い社会、相応の対価を得難い状況は改善しないだろうし、その影響で「真面目にコツコツやっても意味がない」という認識が生まれやすくなり、若者らが非合法な行為に手を染める動機も解消されない。
 更に、差別や偏見に対して毅然とした態度を示さないどころか、副首相が偏見を国会で示しても咎めもしないのだから、これからも「小さな植松」が社会のあちこちに噴出してくるだろう。

 先週末の世論調査でも、相変わらず安倍内閣を支持するがしないを上回る結果だったようだが(世論調査―質問と回答〈3月14、15日実施〉:朝日新聞デジタル)、認知を自己都合で平気で歪める者を支持するということは、その人達の認知も歪んでいると言えるのではないだろうか。

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