スキップしてメイン コンテンツに移動
 

妥当性の検証も批判もないのは「報道」でなく「広報」


 「嘘をついたら地獄で閻魔様に舌を抜かれる」と、子どもの頃祖母によく言われた。閻魔大王は、生前の行いによって死んだ者を地獄行きにするか天国へ行かせるかを、地獄の入り口で裁く存在として、日本ではよく描かれる。日本では仏教信仰の要素として存在する閻魔だが、閻魔 - Wikipedia によると、そのルーツは仏教以前から存在しているようだ。ヒンドゥー教にも似た存在・ヤマラージャという神がいるらしい。

 「嘘」とは何か嘘#概要 - Wikipedia の冒頭にはこう書かれている。
嘘とは事実に反する事柄の表明であり、特に故意に表明されたもの
この場合の「特に故意」は、故意性が嘘の絶対的な条件である、という意味ではなく、事実に反する事柄を表明することは概ね「嘘」に当たるが、その中でも特に故意に表明されたことを指す場合が多い、という意味だろう。でなければ、「嘘とは故意に表明された事実に反する事柄、又は故意に事実に反する事柄を表明する行為」と表現される筈だ。また、故意性を強く推測できる場合もあるし、当事者が故意性を認めれば断定できるだろうが、当事者が故意性を否定した場合など、故意性は絶対的な判断を下すことが難しい要素であり、もし故意性が嘘の絶対的な条件になのであれば、世の中の大半の嘘は嘘でない、と言えてしまうのではないだろうか。

 これを前提に考えると、4/14の投稿で触れた、日本の首相・安倍の4/13自民党役員会での発言、
  • 休業に対して補償を行っている国は世界に例がない
  • わが国の支援は世界で最も手厚い
は、嘘と断定して差し支えないだろう。その根拠は4/14の投稿に書いたのでここでは割愛する。
 また、この発言の妥当性に一切触れずに報じたNHKや時事通信などのメディアは、恐らく当事者らは「首相の発言をそのまま伝えただけ」の中立的な報道姿勢である、と主張するだろうが、例えば、ツイッターなどで事実に即していない内容のツイートをリツイートする行為にも責任が問われる、という判断が裁判所によって示されていることを勘案すれば、

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第11回 - けいそうビブリオフィル - Part 2

「リツイートも、ツイートをそのまま自身のツイッターに掲載する点で、自身の発言と同様に扱われる」として、リツイートした人が、元ツイートの内容について名誉毀損の責任を負うとされました。
明らかに内容に誤りがある、しかも一国の首相という影響力のある存在による発言を、その妥当性に一切触れずに報じるのは、もしそこに故意性がなかったとしても、決して妥当とも中立とも言えないだろう。内容の妥当性に一切触れずに報じるメディアは「嘘の片棒を担いだ」、若しくは「主体的嘘を広めた」と認識されても文句は言えないのではないだろうか。

 昨今このような傾向が特に酷いのがテレビ報道だ。所謂ワイドショーなどは以前から週刊誌の記事やスポーツ紙の記事を引用した内容も多かったが、昨今は、以前はワイドショーよりも報道よりのように見えた朝夕の情報番組などでさえ、週刊誌や新聞の記事引用ばかりになっているし、ネットの情報に乗っかった内容もかなり多くなっている。というか寧ろそればかりになってしまったと言っても過言ではない。その所為か、テレビは概ね妥当性の検証も批判もなく、ただただ伝えるだけの存在に成り下がってしまっている
 ワイドショーや情報番組だけでなく、テレビ局のニュース番組・報道も(テレビ局のニュースだけが、という意味ではなく、「テレビ局の報道が特に」という意味)、前述のような妥当性の検証や批判のない報道一色になってしまっている。TBSの報道特集やNEWS23など、一部に妥当性の検証や批判する姿勢を見せている番組もあるが、そのような番組は今や少数派だ。


 昨日も、そのような視点で気になる件が2つ程あった。まずは、

感染防止対策なければ国内で・・・ 専門家“41万人余り死亡”の試算 TBS NEWS


という件だ。
  4/15朝の会見で、厚労省クラスター班の北海道大学の西浦 博教授が
人と人との接触を減らすなどの対策を感染拡大前から全く行わなかった場合、人工呼吸器が必要といった重篤患者は国内でおよそ85万人に達し、このうち、およそ半数の41万人余りが死亡する
という試算を明らかにした、とだけ伝えている。これはTBSだけでなく、他のテレビ局、そして一部の新聞なども同様だ。
 何故今になって「人と人との接触を減らすなどの対策を感染拡大前から全く行わなかった場合」という極端な例を示したのか
、という点に、個人的にはかなり不信感を感じる。例えば、これまで日本政府や対策班が全く何も対策をしてこなかった、ということであれば、そのような試算が提示されても違和感はないが、既に感染拡大から2ヶ月が経過しており、個人的には日本政府の対策方針には懐疑的であるものの、全く対策がされてこなかった、とも思わない。なのに急に「感染拡大前から対策を全く行わなかった場合」という極端な条件による試算を示す理由はどこにあるのか。最悪41万人が死ぬ、という試算を示しておくことで、これから被害が拡大しても、自分たちの対策によって最悪の事態には至らなかった、と言い訳する為の布石を打ったように見えてしまう。
 勿論、この自分の推測が適切かどうかは現状では評価できないが、「感染拡大前から対策を全く行わなかった場合」という極端な条件による試算を、厚労省クラスター班が急に示した、ということには触れておくべきだろう。

 また、西浦氏は
人と人が密になる電車の通勤について感染リスクを考えると「良いはずがない」
という見解を示した、ともあるが、なぜ今まで電車通勤の危険性による指摘がなされてこなかったのか、という疑問も湧いてくる。なぜ電車通勤の危険性には触れられないのか、という疑問については、3/31の投稿でも書いたし、3/29の投稿では、

新型コロナ、満員電車や映画館は危なくないの?専門家に聞きました 


満員電車で皆が喋っていたり、歌っていたり、叫んでいたりすれば電車はリスクのある場所ですが、普通みんな無言ですよね。 なので、たしかに換気は悪いし、人との距離は近いけれども、上で挙げられている場所に比べればまだリスクは低いと思います。 
というBuzzFeed Japanの記事が示した見解の滑稽さ・不可解さも指摘した。また、3/4の投稿でも、

新型コロナ、集団感染が起こりやすい場所は?スポーツジム、雀荘...3つの共通点が存在した | ハフポスト

3つの特徴に当てはまると思われるのは、都会の満員電車だ。厚労省に満員電車に対する見解を聞いたが「今は例示していない。今後のことはわからない」と答えるのみだった
という記事に触れ、厚労省や専門家が電車やバスなどの公共交通機関の利用に懸念を示さないことへの疑問を書いている。
 このように、これまで全くその危険性や懸念を示してこなかったのに、昨日になって急に「感染リスクを考えると、人と人が密になる電車の通勤は良いはずがない」などと言い始めた厚労省やクラスター対策班なる組織、そしてその種の専門家の主張を、信用する気になれるか、と言えば、自分にはもう不信感しかない。そして、そのようなことに触れず「会見でこう述べました」とだけ伝える報道にも不信感を感じざるを得ない


 もう一つは、

所得制限なしで国民1人当たり10万円の現金給付を ⇒ 安倍首相「方向性を持って検討する」 | ハフポスト

公明・山口代表「一律10万円」あらためて訴え TBS NEWS


という件だ。これまで無条件の補償/支援策に全く消極的だった政府与党だが、公明党の山口氏が一転して「所得制限のない一人当たり現金10万円の給付」を行うべきだ、と言い出したが、政府と自民が反対している、という内容だ。
 この投稿を書いている最中に、

【速報】一律10万円給付、安倍首相が補整予算案の組み替えを指示 TBS NEWS


という報道があり、
安倍首相は公明党の要望を受け、補正予算案の組み替えを指示した
としている。
 このような報道は果たして妥当なのか。自分には全くそうとは思えない。無条件の補償/支援について、共産党を始めとした野党の政治家は、もう何週間も前からその必要性を訴えていた。少なくとも3/4の時点で共産党・小池氏は自身のサイトにこう記している。

休業補償・医療体制の抜本強化を  国民不安解消へ具体的提案 新型コロナ 小池書記局長が基本的質疑で | 小池晃 日本共産党参議院議員

その後も、政府が条件を設けて一世帯当たり30万の給付という策を打ち出した際も、


とツイートしている。政治家に限らず同種の主張は以前からSNS等では広く示され続けてきた。野党などが同種の策の必要性を以前から主張していたことに触れず、まるで公明党が提案して政府与党が応じた、英断が下された、かのように報じるメディアは、果たして中立な報道をしていると言えるだろうか。自分には全くそう思えない。最早故意に事実を隠して報じているプロパガンダのようにすら感じられる。


 自分が子どもの頃に祖母から聞かされた、「嘘をついたら地獄で閻魔様に舌を抜かれる」が事実だとしたら、首相や、首相や政府に右へ倣えの与党や政治家、そして妥当性の検証も批判もせずにただただ政府広報のように伝えるだけの報道機関の関係者らは、死後閻魔様に舌を抜かれ、地獄行きになるだろう。


 トップ画像は、face-off | Ernesto Huang | Flickr を加工して使用した。

このブログの人気の投稿

話が違うじゃないか

 西麻布に Space Lab Yellow というナイトクラブがあった。 一昨日の投稿 でも触れたように、日本のダンスミュージックシーン、特にテクノやハウス界隈では、間違いなく最も重要なクラブの一つである。自分が初めて遊びに行ったクラブもこのイエローで、多分六本木/西麻布界隈に足を踏み入れたのもそれが初めてだったと思う。

マンガの中より酷い現実

 ヤングマガジンは、世界的にも人気が高く、2000年代以降確立したドリフト文化の形成に大きく寄与した頭文字Dや、湾岸ミッドナイト、シャコタンブギなど、自動車をテーマにしたマンガを多く輩出してきた。2017年からは、頭文字Dの続編とも言うべき作品・MFゴーストを連載している( MFゴースト - Wikipedia )。

読書と朗読を聞くことの違い

 「 本の内容を音声で聞かせてくれる「オーディオブック」は読書の代わりになり得るのか? 」という記事をGigazineが掲載した。Time(アメリカ版)の記事を翻訳・要約した記事で、ペンシルベニア・ブルームスバーグ大学のベス ロゴウスキさんの研究と、バージニア大学のダニエル ウィリンガムさんの研究に関する話である。記事の冒頭でも説明されているようにアメリカでは車移動が多く、運転中に本を読むことは出来ないので、書籍を朗読した音声・オーディオブックを利用する人が多くいる。これがこの話の前提になっているようだ。  記事ではそれらの研究を前提に、いくつかの側面からオーディオブックと読書の違いについて検証しているが、「 仕事や勉強のためではなく「単なる娯楽」としてオーディオブックを利用するのであれば、単に物語を楽しむだけであれば、 」という条件付きながら、「 オーディオブックと読書の間にはわずかな違いしかない 」としている。

あんたは市長になるよ

 うんざりすることがあまりにも多い時、面白い映画は気分転換のよいきっかけになる。先週はあまりにもがっかりさせられることばかりだったので、昨日は事前に食料を買い込んで家に籠って映画に浸ることにした。マンガを全巻一気読みするように バックトゥザフューチャー3作を続けて鑑賞 した。

敵より怖いバカな大将多くして船山を上る

 1912年に氷山に衝突して沈没したタイタニックはとても有名だ。これに因んだ映画だけでもかなり多くの本数が製作されている。ドキュメンタリー番組でもしばしば取り上げられる。中でも有名なのは、やはり1997年に公開された、ジェームズ キャメロン監督・レオナルド ディカプリオ主演の映画だろう。