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巻き添え / とばっちり / 連帯責任


 コラテラルダメージは、2002年に公開されたアーノルド シュワルツェネッガーさん主演の映画だ。テロ事件等を題材にしたアクション映画なのだが、この投稿は映画に関して書くわけではないので、あらすじ等は コラテラル・ダメージ - Wikipedia で確認して欲しい。
 Collateral は「付帯的な・二次的な」という意味で、Damage は「被害」という意味だ。この映画のタイトル、Collateral Damage/コラテラルダメージ は「巻き添えによる被害」のような意味である。軍事用語としては、戦闘における民間人の被害、やむを得ない犠牲を指すそうで、「仕方ない被害・必要な犠牲」というニュアンスを演出する為に用いられる言い回しなのだそうだ(巻き添え被害 - Wikipedia)。


 「巻き添えを食う」という日本語表現の類語には、
  • とばっちりを受ける
  • しわ寄せ
  • 割を食う
  • 連帯責任
などがある。なぜこんなにも似た表現があるのか。それは、そのような場面が日本社会に多いからではないだろうか。
 例えば、9月に早稲田実業が高校野球秋季大会の出場辞退を発表したが、辞退の原因は、部員が性的な動画を撮影し、それを別の生徒が学内で拡散させたことらしい(早実「出場辞退」の理由は「性動画」拡散だった | 文春オンライン)。10月にも日体大柏高校のラグビー部でいじめが発生し、それを理由に学校は全国高校ラグビー大会県予選に出場するか辞退するかを検討している、という件が報じられた(高校ラグビー部でいじめ動画 「奴隷になれ」様子を撮影:朝日新聞デジタル)。こんな風に日本では、関係者の誰かが不手際を起こすと、他の関係者まで責任を負わされるという、連帯責任的な対処がしばしば行われる。
 もし部員の大半が事件に関わったのだとしたら、若しくは、関わっていない部員の数が大会に出場するのに必要な人数に足らないようなら、部の活動に制限がかけられるのも仕方がないようにも思う。しかし、少数の者による不適切な行為の責任を、部全体/部員全員が負わされることに合理性があるのかと言えば、全くそうとは言えない。まさに「とばっちり」以外の何ものでもない。そういう馬鹿げた軍隊的な風習はさっさと一掃すべきだ。


 昨日ハフポストは「電気グルーヴの石野卓球さん 「執行猶予期間に音源差し止めって?」と問題提起、注目集める」という記事を掲載した。ピエール瀧さんの薬物事犯での逮捕によって、ソニー・ミュージックレーベルズが3/13から行っている、ピエール瀧さんが石野 卓球さんと組んでいる音楽ユニット・電気グルーヴの音源・映像を回収 ・出荷・配信停止するなどの措置(3/16の投稿)が現在も続いていることについて、石野 卓球さんが


とツイートしたことに関する内容だ。ハフポストの記事にもあるように、このツイートをする前に石野さんは「プロフィール変えました。」ともツイートし、記事のスクリーンショットにもあるように、ツイッターアカウントの自己紹介に
現在SONY MUSICから著作権上において不当な連帯責任を取らされ中の電気グルーヴの著作権者
という文章を載せた。
 石野さんの当該ツイートにもあるように、電気グルーヴの楽曲の大半は、石野さんと、以前メンバーだった砂原 良徳さんによるものが大半だ。ピエール瀧さんによる作品もないわけではないが、彼はパフォーマーとしての側面が強く、彼による作品はかなり少ない。つまり、ソニーミュージックはピエール瀧さんの薬物事犯を理由に彼が属する電気グルーヴの作品の流通を止めているわけだが、それによって一番大きな影響を受けているのは、楽曲の権利の大半を有している石野さんである。ピエール瀧さんへ社会的制裁が加え続けられる必要性にも疑問があるし、更にその制裁が、ピエール瀧さんではなく、制裁など全く必要のない石野さんに向けられている状況になってしまっている
 次のツイートは石野さんによる関連ツイートだ。


 この件は、石野さんがツイートした12/8頃相応に注目された。日刊スポーツは翌12/9に記事化している(石野卓球、ピエール瀧の影響で音源差し止めに疑問 - 音楽 : 日刊スポーツ)。


なので、ハフポストの記事の第一印象は「なんで10日以上も経ってやっと記事化したんだろう」だった。但し、自分がざっと調べた限り、この件を取り上げた新聞やテレビ局などの所謂大手報道機関は日刊スポーツだけで、ハフポストは記事化しただけマシだ。ハフポストの記事には、ソニーミュージックへ取材をしたことやそれに対する回答など、日刊スポーツの記事にはない要素もあり、好意的に推察すると、ソニーミュージックからの回答待ちで記事掲載に時間を要した可能性もある。


 ピエール瀧さんの事案については、このブログでも、
など複数の投稿で触れてきた。それはそれだけ報道、特にワイドショーやゴシップ記事による取り扱いが過熱し、好ましいとは言えない報道が行われていたからでもある。ピエール瀧さんは逮捕当時大河ドラマへ出演しており、注目が集まり多くのメディアによって取り上げられるのは全く不自然なことではなかったが、確実に不適当な取り上げ方をしたテレビ番組や新聞記事もあったし、それ以前から逮捕者関連作品などの過剰な自粛は疑問視されていたにもかかわらず、レコード会社や放送局・映画会社なども、これまでの風潮を改めようとはしなかった。
 そして、ピエール瀧さんの件が大きな注目を集めたことで、逮捕者関連作品などの過剰な自粛への疑問視が各所で更に高まったにもかかわらず、その後、ピエール瀧さんと同じ様に薬物事犯で逮捕された人達に関しても、レコード会社らは振舞いを改めようとしなかったし、さらには、文化庁所管の独立行政法人・日本芸術文化振興会が、「国が薬物使用を容認するようなメッセージを発信することになりかねない」として、ピエール瀧さんが出演した映画『宮本から君へ』への助成金内定を取り消す、ということも起きた(映画『宮本から君へ』助成金の内定取り消し、製作会社が芸文振を提訴 ピエール瀧さん出演を問題視 | ハフポスト)。


 これらの件から言えることは、

 テレビや新聞は、あれだけピエール瀧さん逮捕の件を取り上げたのに、そのとばっちりを受けた石野 卓球さんが声をあげても取り上げないようでは、明らかにバランスが悪い

ということと、

 石野 卓球さんや、映画『宮本から君へ』の製作会社などは「不当な連帯責任を負わされている」と声を上げたが、不当な連帯責任を負わされているのは彼らだけではなく、ピエール瀧さんの後に逮捕された田口 淳之介さんや小嶺 麗奈さん、沢尻 エリカさんが出演するなどした作品の関係者など、枚挙に暇がない

ということだ。


 つまり、石野さんの言うように、日本社会は未だに、軍隊染みた連帯責任がまかり通る状況である。この投稿を読んで「メディアの報じ方が悪い」と感じる人が多いだろう。確かにその通りなのだが、サミュエル スマイルズという19世紀のイギリスの作家は、自助論という著作の中で、
一国の政治というものは、国民を映し出す鏡にすぎません。政治が国民のレベルより進みすぎている場合には、必ずや国民のレベルまでひきずり下ろされます。反対に、政治のほうが国民より遅れているなら、政治のレベルは徐々に上がっていくでしょう。国がどんな法律や政治をもっているか、そこに国民の質が如実に反映されているさまは、見ていて面白いほどです。これは水が低きにつくような、ごく自然のなりゆきなのです。りっぱな国民にはりっぱな政治、無知で腐敗した国民には腐りはてた政治しかありえないのです。
と言っている。つまり、民主主義国では政治家は国民によって選ばれるので、その国の政治は国民のレベルを超えないという話である。
 この話は、政治に限らずメディア/報道についても同様で、自由主義社会での報道やメディアは、自由主義であっても世論誘導が全くないとは言えないかもしれないが、基本的には市民の興味によって動いている。つまり、視聴者や読者が興味を示さなければ、テレビや新聞だって過剰に有名人の薬物問題を取り上げたりはしないだろうし、レコード会社や放送局、映画会社なども過剰な自粛をすることはないだろう。なのでこの投稿で取り上げたようなことが起きているのは、決してメディアだけの所為ではなく、社会を形成する一人ひとりにも責任の一端はあるということになりそうだ。

 多くの人が、自分が標的にされなくても、「連帯責任はおかしい・不当である」という意思表示を行えば、連帯責任を日本の社会から一掃することができるだろう。無関心や無頓着はいつか必ず自分、若しくは自分の家族や友人の首を絞めることになる

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