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感情的なナショナリズム


 ソウル市議会で、日本の戦犯企業が生産した製品について、市立の小中学校や教育機関での購入を制限する条例案が議会に提出されたと、朝日新聞が「「賠償がない」ソウル市議会、日本製品を制限する条例案」という記事で報じている。まだ条例案が提出されただけで可決されたわけではないが、この法案には、定数110人の内の与野党議員31人が関わっているようだ。
 個人的には、日韓間の戦時賠償に関しては、1965年の日韓基本条約とそれに含まれる請求権協定で概ね解決済みと考えており、当該議員たちがこの条例の必要性の根拠としてしめした「日本の一部の企業は、戦争物資提供などのため我が国民の労働力を搾取したが、公式謝罪や賠償がない」という見解が妥当とは思えない。ただそれ以前の歴史を勘案すれば、1965年の条約や協定の内容では充分な賠償が行われていない、と考える人がいてもある程度は理解できるので、そのような認識については全面的に否定するつもりはない(勿論賛同はしかねる)。しかし「正しい歴史認識を確立する」のに、「国民情緒を考慮して戦犯企業との随意契約を制限する」という方法が果たして妥当かと言えば、それは感情的なナショナリズムでしかないのではないか?と考える。つまり合理性を欠いていると考える。


 戦犯企業とは具体的にどの企業なのかを知らなかったので検索してみると、韓国・聯合ニュースの2012年の記事「現存する日本の戦犯企業299社=韓国政府機関調査」という記事がヒットした。内容は記事を読んで欲しいが、以前から似たような見解を示す政治家が韓国には存在しているようだ。肝心の戦犯企業のリストは公的な情報、信頼性が感じられるメディアでは触れられていないようで、最も一卵性が高かったのは歴史認識問題研究会という組織が公開しているPDFだった。朝日新聞の記事では戦犯企業計284社となっているが、このPDFでは273社(2018.9月作成)になっている。前述の2012年の聯合ニュースの記事では299社としており、このリストが的確かは定かでないが、概ね認定が推測される戦前から存在する企業の名が連ねられているので大きな誤りはないものと推測する。

 戦犯企業の中には当然のように三菱や住友などの旧財閥系の企業も名を連ねているのだが、例えば、現在韓国を代表する電子機器メーカーのサムソンは、1970年代にNEC(日本電気、住友電気工業系)と提携し、技術供与を受けていたし、韓国を代表する自動車ブランド・ヒュンダイも2000年頃までは三菱自工(三菱重工系の自動車会社)と深い関係にあり、ノックダウン方式のようなモデルを多数生産販売することで、現在の世界的な地位に至る礎を築いた。それらの日本企業は戦犯企業のリストにある企業の系列会社である。このような例は他にもあるだろうし、それらの日韓企業は歴史的に切っても切れないような関係性にある。
 前述のような政策を推進する政治家や支持者の視点で見れば、「サムソンやヒュンダイは日本企業の技術を上手く利用してやった」という認識なのだろうが、別の視点から見れば、「サムソンやヒュンダイはそれらの日本企業に韓国で稼がせた」とも言えそうだ。また「サムソンやヒュンダイは日本製品を製造・販売することで大きくなった企業」とも言えるだろう。つまり、現在のそれらの企業の製品の背景には確実に日本企業、彼らの言う戦犯企業の技術や製品がある。戦犯企業製品の購入を規制するというのなら、サムソンやヒュンダイなど、過去に戦犯企業の製品を実質的に製造・販売していた企業や、戦犯企業の製品から派生した製品を現在販売している企業の製品も規制しなくてよいのだろうか。恐らく韓国資本なら可、戦前日本から継続性のある日本企業は不可という認識なのだろうが、線の引き方が余りにも感情的なのではないか。


 このような思いを込めて自分は、朝日新聞の当該記事のリンクをつけて、
とツイートした。するとこんなリプライがあった。
ソウル市議会に提出された条例案にも賛同しないが、このリプライにも全く賛同できない。彼は戦前と戦後を混同している。近世以前の中韓関係に詳しくないので、朝鮮・韓国が中国の属国だったかどうかは知らないが、彼は日本が韓国を植民地として支配し、明らかに属国として扱った歴史を無視している。ソウル大学や地下鉄が日本統治下で作られたのかどうかは知らないが、もし統治下で日本政府主導でそれらが作られていたとしても、だから日本は植民地扱いも属国扱いもしていななんてことにはならない。相手側が合理性に欠ける主張をしていたとしても、合理性に欠ける主張で対応してよいことにはならない。
 彼の主張の背景にも感情的なナショナリズムがありそうだ。

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