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罰則付きヘイトスピーチ対策条例への期待と懸念


 「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」が昨日同市議会で全会一致で可決され成立した。国単位でも2016年に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」、所謂ヘイトスピーチ対策法が成立しているが、これは罰則規定のない理念法であり(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律 - Wikipedia)、同法の制定によって、制定以前の状況が明らかに改善したとは言えない状況が続いている。


 新宿区の 新大久保駅周辺と並び、朝鮮半島にルーツを持つ住民の多い川崎市臨海部では、これまでに幾度もヘイトデモが繰り返されてきた。2016年のヘイトスピーチ対策成立直後には、同市で「朝鮮人をたたき出せ」「半島に帰れ」などの主張を繰り返す男性らによるデモが、対策法に規定された差別的言動に該当する不法行為として、事前差し止め処分になったりもしたが(ヘイトデモ事前差し止め 地裁川崎支部が仮処分:朝日新聞デジタル)、その後も同様のヘイトスピーチを伴うデモはしばしば画策され、表現の自由の尊重などを理由にデモの開催が許可されてきた。 そしてそれに対するカウンターデモが行われ、ヘイトデモを中止に追い込むなどのいたちごっこが続いていたのがこの数年間の現状だった(ヘイトデモ市民阻止/川崎市 1000人が緊急抗議行動)。
 この、ヘイトスピーチ対策法の成立後も差別行動が続けられた状況などを背景に、川崎市ではより実効性のある対策が検討されてきた。その結果として2019年6月に素案が公表され(表現の自由「無制限でない」 ヘイト罰則条例案で川崎市 | 社会 | カナロコ by 神奈川新聞)、議論の末に昨日成立したのが、罰則規定を有する「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」である。


 12月の市議会で同条例の審議が始まる直前に、市の担当部署へ条例制定に反対する抗議の電話が相次いだそうで、「相次ぐ「電凸」嫌がらせ 川崎・差別根絶条例案巡り | 社会 | カナロコ by 神奈川新聞」によれば、その内容の大半は「日本人を差別する条例」「なぜ韓国人へのヘイトだけ罰せられ、日本人へのヘイトは許されるのか」という、6月に素案が示されているにもかかわらず、それを全く解さないものであり、長時間にわたって声を荒げるなど、抗議というよりも嫌がらせと表現するのが妥当な内容ばかりだったそうだ。
 このようなことが起きたことからも、同条例の制定の必要性は明らかとしか言いようがない。


  BuzzFeed Japanは同条例の成立に関して、「「私たちは、守られました」川崎でヘイト禁止条例成立、在日コリアンたちが喜びの声」「「日本人差別」をめぐる攻防も。川崎でヘイト禁止条例が成立、その中身は?」という2本の記事を掲載した。前者はこれまで差別や偏見に晒されてきた在日朝鮮人や朝鮮半島にルーツを持つ人達が、同条例の成立を喜び、今後状況が改善することを期待する旨の見解を示したという内容で、後者は川崎市議会でどのような議論が行われたのか、に関する内容だ。
 後者の記事によれば、同条例が対象とするのは、2016年に成立したヘイトスピーチ対策法とほぼ同様の行為だが、同法とは異なり、差別的な行為を繰り返した者に対して50万円以下の罰金を科す刑事罰が設けられた。但し、表現の自由への配慮として「川崎方式」と呼ばれる仕組みを導入しているのが特徴で、該当する行為へ罰則を科すまでに、公表、勧告、命令の段階を踏むほか、差別的行為の判断を行う市長による濫用を防ぐ為に、有識者による諮問機関を設置する。また、
本邦外出身者以外の市民に対しても、不当な差別的言動による著しい人権侵害が認められる場合には、必要な施策及び措置を検討すること
という付帯決議も採決された。
 しかし一方で、インターネット上でのヘイトスピーチはこの条例の罰則の対象外とされ、市の区域内や市民などを対象にしている場合、被害者の支援や、拡散防止の措置・その公表をする、という規定にとどめられた。

 BuzzFeed Japanは、同条例の成立直前にも「子どもと、コンビニにも行けなくなった。在日コリアン女性を襲ったネットの匿名中傷、そしてヘイト。その恐怖とは」 「顔写真を「2ちゃんねる」に晒されて… ネットの匿名中傷、被害者に残る深い傷」などの関連記事を掲載している。ヘイトデモへのカウンター行動に参加した川崎市在住の在日朝鮮人3世の女性に対して、SNS上で中傷・罵倒が繰り返されたことに関する内容である。


 前者の記事によると、女性が被害を警察に訴えたことにより容疑者が特定され、自宅の捜索と事情聴取が行われたことで、女性に対するネット上での中傷・罵倒は止んだそうだ。しかし、容疑者男性は脅迫の容疑で書類送検されたものの、横浜地検川崎支部は
ツイッターでの書き込みは相手が読んでいるのかわからないため、脅迫罪の成立要件である「害悪の告知」に当たるとは認定できない
とし、不起訴にしたそうだ。この不起訴という判断が示された直後に、女性と弁護士は投稿内容が「つきまとい」にあたるとし、神奈川県迷惑行為防止条例違反で刑事告訴したそうだが、それから8カ月経過したが未だに処分が出されていないらしい。
 このような件を勘案すれば、昨日成立した条例で、インターネット上でのヘイトスピーチは罰則の対象外としたのは妥当とは言い難い。


 また、前述の通り同条例には、表現の自由への配慮として行為の是非を判断する市長による濫用を防ぐ為に、有識者による諮問機関が設置されるそうだが、人間の判断というのは、というか人間がすること全般に完璧はあり得ない為、そのような仕組みが設けられても、運用次第によっては、戦前の治安維持法のような言論弾圧・言論統制に悪用される恐れがある。
 現首相らのように、反社会的勢力の定義は定まっていない、と言い出したり、これまで戦後70年間どの政権も憲法上認められていないとしてきた集団的自衛権行使を、解釈を変えるという強引な手段によって認められるとするような者が市長となり、諮問機関を抱き込めば、制定時の理念とは異なる運用、というか悪用が行われてしまう恐れは確実にある。本来は、川崎市に限った条例だけでなく、国全体に適用できる同種の法律の必要性を主張したいところだが、現政権下では言論統制に悪用される懸念が払しょくできない為、強くそう主張する気になれない。

 そのような点から考えても、前述のBuzzFeed Japanの記事「「日本人差別」をめぐる攻防も。川崎でヘイト禁止条例が成立、その中身は?」でも指摘しているように、
条例はゴールではない
今後も同条例の実効性の検証は続けなくてはならないし、制定の理念とは異なる形の運用(悪用)が行われないように監視する必要もある。



参考:

ヘイトスピーチ、罰則付きで禁止する全国初の条例が制定。川崎市長「被害に遭われた方たちは喜んでくれていると思う」 | ハフポスト

福田市長「川崎市の取り組みが、他の自治体や国に伝わっていく意味で、大きな意味がある。(今回の条例成立は)一里塚だというふうに思う」

『ヘイトスピーチと表現の自由』 憲法21条|日本国憲法70年 みんなの憲法|NHK NEWS WEB

同サイトのインターネットアーカイブ。次の動画は同サイトに掲載されているもの。



 トップ画像は Photo by Jon Tyson on Unsplash を加工して使用した。

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