スキップしてメイン コンテンツに移動
 

蔑称の意味を失った元差別表現

 1960年代末から1970年代初めにかけて、西ドイツに登場した実験的(前衛的)ロックバンド群の音楽を指すクラウトロックの由来がザワークラウトなら、カナダあたりのロックはトラウトロックなのではないか? ザワークラウトはドイツの白キャベツの漬物、トラウトはニジマス/サケである。

 そんなダジャレが頭をよぎったのは、昨夜の DOMMUNE が、小柳カヲルによるディスクガイド・クラウトロック大全の増補改訂版の刊行に伴った企画・ele-king books Presents   「クラウトロック大全」<最強補強プログラム>だったからだ。

 自分はクラウトロックには明るくなく、これまであまり興味ももってこなかったが、その後の音楽、特にテクノや前衛的なハウスミュージックに与えた影響、つまりその関連性のようなものへの興味はあったので、強い関心を持って番組を見ていた。番組を見つつ、思いついたダジャレをコラージュ画像にしたのが今日のトップ画像だ。ちなみに、テクノの発祥は1980年代中頃のデトロイトなのだが、ドイツ・ベルリンは1980年後半からデトロイトや英国・ロンドンと並ぶテクノの発信源となり、ドイツは現在もテクノを自国の観光資源の1つとして掲げるような状況でもある。
 ちなみに、トラウトロックという表現がまさか実際に存在していないよな? とも思い、一応検索してみると、トラウトロックという用語は存在しないが、ロッククラウトという言葉は既にあるようだ。ただ音楽用語ではなく、イワナとニジマスの交配種のことをロックトラウトと呼ぶらしい。ロックは岩魚の岩に由来するらしいので多分和製英語だ。


には、その語源について次のように書かれている。

クラウトロックは、「ドイツ人のロック」という意味。クラウト(ザワークラウト)は、ドイツでよく食べられている「キャベツの漬け物」のこと。この言葉は、はじめは軽蔑の意味を込めて使われていたが、後に賞賛の意味を込めて使われるようになった。 日本でクラウトロックという呼び名が優勢になったのは1990年頃からで、それ以前(たとえば『フールズ・メイト』誌「ジャーマン・ロック史学」(Vol.13、1980年)など)は、ジャーマン・ロック、ジャーマン・プログレ、ジャーマン・エレクトロニック・ミュージックという言葉を使っていた。 クラウトロックの最大の特徴は、ミニマル・ミュージックあるいはファンク・ミュージック的な「反復」である。

また、

には、

Kraut is a German word recorded in English from 1918 onwards as an ethnic slur for a German, particularly a German soldier during World War I and World War II. Its earlier meaning in English was as a synonym for sauerkraut, a traditional Central and Eastern European food.
クラウト(Kraut)は、1918年以降、ドイツ人、特に第一次世界大戦および第二次世界大戦中のドイツ兵に対する民族的中傷として英語化されたドイツ語である。それ以前の英語での意味は、中・東欧の伝統的な食品であるザウアークラウトの同義語であった。

とある。つまり日本人のことを「この納豆野郎!」と呼ぶような感じだったのだろう。
 英語版の

によると、クラウトロックという呼称は英国発祥なのだそう。稀に蔑称を逆手にとって自称するケースもあるが、クラウトがドイツ人の蔑称なのだから、ドイツのロックというニュアンスでドイツ人が自らクラウトロックと言いださないのは当然で、元は英国の音楽関係者が茶化し半分に使った表現のようだ。では、そう呼ばれた側のドイツでの認識はと言えば、ドイツ語版の

には、

Abgesehen von der Verwendung des nicht schmeichelhaft gemeinten Wortes „Kraut“ wird durch diese Zusammenfassung verschiedenster Stilrichtungen und die Reduzierung auf ihre geographische beziehungsweise nationale Herkunft der Begriff Krautrock auch oft als eine abwertende Bezeichnung verstanden.
不愉快な言葉「クラウト」の使用とは別に、このように多様なスタイルを地理的/国家的イメージで一括りにするクラウトロックという用語は、しばしば蔑称的な用語として理解される

とある。ただページ全体を読めば、クラウトは蔑称なのでクラウトロックという呼称も到底受け入れがたい、というようなニュアンスは見当たらず、現在ではある程度受け入れられている呼称、場合によってはポジティブに利用されている呼称のように見える。
 ただそれでも、英語版とドイツ語版の解説にはクラウトロックという呼称に対する感覚の違いが確実に感じられる。これは、蔑称にちなんでそう呼び始めた側の英国と、ドイツ側・ドイツのアーティストらがクラウトロックという表現を受け入れた結果の違い、のあらわれだろう。


 日本でも似たようなケースがあって、JAPという表現はクラウト同様、戦中アメリカ側が日本に対する軽蔑を込めて用いた表現であり、元来は日本人の蔑称なのだが、今、米国でJAPという表現を用いる人は必ずしも軽蔑の念を込めているわけではない。あくまでも個人的な感覚ではあるが、暴走族や不良のような、日本のアウトローなどを指す場合にJAPという表現が用いられているように思う。それは多分、前世紀の不良・暴走族が、モチーフとして特攻服や旭日旗を好んだことなどに由来するんだろう。また、日本人もJAPを寧ろPOPに用いていることも少なくない。蔑称ということを理解して逆手にとっているケースもあれば、そもそも蔑称と認識せずに用いているケースもある。

 ただし、このクラウトやJAPのように、蔑称が徐々に蔑称の意味を失っていくこともあれば、いつまでも蔑称のままの表現だって確実ある。だから気軽に使ってはならない表現も多い。また、時間の流れとともに蔑称の意味を失った元差別表現であっても、年齢層等によっては認識が大きく異なることも少なくないので、用語・表現の背景はよく理解しておく必要が確実にある


このブログの人気の投稿

話が違うじゃないか

 西麻布に Space Lab Yellow というナイトクラブがあった。 一昨日の投稿 でも触れたように、日本のダンスミュージックシーン、特にテクノやハウス界隈では、間違いなく最も重要なクラブの一つである。自分が初めて遊びに行ったクラブもこのイエローで、多分六本木/西麻布界隈に足を踏み入れたのもそれが初めてだったと思う。

マンガの中より酷い現実

 ヤングマガジンは、世界的にも人気が高く、2000年代以降確立したドリフト文化の形成に大きく寄与した頭文字Dや、湾岸ミッドナイト、シャコタンブギなど、自動車をテーマにしたマンガを多く輩出してきた。2017年からは、頭文字Dの続編とも言うべき作品・MFゴーストを連載している( MFゴースト - Wikipedia )。

読書と朗読を聞くことの違い

 「 本の内容を音声で聞かせてくれる「オーディオブック」は読書の代わりになり得るのか? 」という記事をGigazineが掲載した。Time(アメリカ版)の記事を翻訳・要約した記事で、ペンシルベニア・ブルームスバーグ大学のベス ロゴウスキさんの研究と、バージニア大学のダニエル ウィリンガムさんの研究に関する話である。記事の冒頭でも説明されているようにアメリカでは車移動が多く、運転中に本を読むことは出来ないので、書籍を朗読した音声・オーディオブックを利用する人が多くいる。これがこの話の前提になっているようだ。  記事ではそれらの研究を前提に、いくつかの側面からオーディオブックと読書の違いについて検証しているが、「 仕事や勉強のためではなく「単なる娯楽」としてオーディオブックを利用するのであれば、単に物語を楽しむだけであれば、 」という条件付きながら、「 オーディオブックと読書の間にはわずかな違いしかない 」としている。

敵より怖いバカな大将多くして船山を上る

 1912年に氷山に衝突して沈没したタイタニックはとても有名だ。これに因んだ映画だけでもかなり多くの本数が製作されている。ドキュメンタリー番組でもしばしば取り上げられる。中でも有名なのは、やはり1997年に公開された、ジェームズ キャメロン監督・レオナルド ディカプリオ主演の映画だろう。

同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになる

 攻殻機動隊、特に押井 守監督の映画2本が好きで、これまでにも何度かこのブログでは台詞などを引用したり紹介したりしている( 攻殻機動隊 - 独見と偏談 )。今日触れるのはトップ画像の通り、「 戦闘単位としてどんなに優秀でも同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つことになるわ。組織も人も特殊化の果てにあるものは緩やかな死 」という台詞だ。