スキップしてメイン コンテンツに移動
 

不安が不安を呼び、怒りに変わる


 「「酒・SNS・緊急時」人の本性を暴き出すもの」というタイトルの投稿を3/5に書いた。その3つの中の1つ、緊急時にこそ人の本性が露わになる、ということを強く実感したのは、東日本大震災と福島原発事故だった。自分が目の当たりにしたのは、当時の上司の支離滅裂さだった。

 もう何度もこのブログに書いているが、震災発生は3/11の金曜午後で、影響で首都圏の交通機関も物流も麻痺し、原発以外の発電所でも影響があった為に、首都圏は電力不足に陥った。震災発生から3日後の月曜日は計画停電を行うことが発表されていて、電車はまともに動くか分からないと事前に報じられていた。つまり公共交通機関を利用した移動には大きな不安があった。そうなると移動するにはクルマかバイクが必要になるが、日曜日の夕の時点で既にどこのガソリンスタンドも売り切れで閉店している状況だった。当然次にいつガソリンが充分に供給されるかも定かでなかった。
 その頃は余震もまだまだ続いており、いつまた大きな揺れが起きるかと不安だった。原発で事故が起きたことは震災翌日の3/12に既に報じられていて、万が一金曜日の地震と同程度の揺れが再び発生すれば、事故原発で更に被害が拡大するのではないか、他の原発でも同様の事故が起きるのではないか?という不安もあった。自分のクルマのガソリンは日曜日の時点でタンクの1/4程度しか残っておらず、その先いつ補給できるかの見通しも立たなかった為、そのような万が一に備えて確保しておくべきだと考えていた。

 当時自分は小売業で働いていた。生活必需品を売るスーパーのような店ではなかったし、震災直後の週末は物流が麻痺していた為、生活必需品を売るスーパーやコンビニでも売り切れが続出しており、週明け月曜に小売店が店を開ける必要性は、生活必需品を売る店でも殆どなく、ましてやそれ以外の品を扱う店を開けたところで客がくるはずもないことは、誰の目にも明らかだった。
 そんな公共交通機関も満足に動かず、ガソリンも手に入らない状況だったし、店を開ける意味も全く感じられなかったので、日曜の夜にその上司に電話して「明日はかくかくしかじかで行けない」と伝えた。するとその上司は、
こういう時こそ日頃の活動を維持しなくてはいけない。お前は地震にかこつけて休みたいだけだろう
と自分のことを怒鳴りつけた。
 その上司は店から比較的近い場所、1時間強歩けば帰れる場所に住んでいて、しかも通勤には店の営業車を使っていた。つまり自分の足は確保できていた。後に聞いた話だが、ガソリンも店が契約していたガソリンスタンドが売り切れの札を掲げつつ、契約していた企業や店だけには給油してくれていたそうだ。この件でその上司が限りなくブラックだということがよく分かり、震災から半年後にその店は辞めた。


  昨日の投稿でも書いたように、自分は既にこの新型コロナウイルス感染拡大の影響をもろに受けている。その所為でかなり不安に襲われている。政府や専門家、そしてテレビを始めとしたメディアへの不信感もかなり強くなっており、情緒が不安定でかなりイライラしている。あまりにもイライラが収まらない時は兎に角寝る。寝ること自体はあまり好きではないので、普段は感情を落ち着かせる為に寝るなんてことは殆どない。映画や音楽で気分転換を図ることが多い。しかし今は映画や音楽にも集中できず、いつの間にかイライラすることを考えてしまう。だから今は寝るのが最も効果的な気分転換だ。またこのブログみたいに文字にして考えを整理するのにも、気分を落ち着かせる効果はある。

  カメラに興味がある、ということは、1/13の投稿でも書いた。日本におけるYoutuberの草分け的な存在で、最近はカメラレビューに傾倒しているジェットダイスケさんが、数日前にこんな動画を公開した。


かなりざっくりと言えば、散歩の際にカメラを持っていって、町の風景などを撮っているだけで、「自粛しないのは何事だ!」と言ってくる人がいる、直接言ってこなくてもSNSで腐す人がいる、という事を前提にした動画だ。ジェットダイスケさんは、そういうのは止めよう、とも呼びかけているし、しかし一方でそういうのに絡まれるのも面倒だから(とは明確には言っていないが、間違いなくそういう趣旨で)、目立つカメラではなく、最近性能向上著しいスマートフォンのカメラを活用したらどうか、と提案している。

 自分はこの動画へ次のようにコメントした。
感染の恐れは外出じゃなくて人との接触だからね。一人で外出して一人で帰ってくるなら外出しても何も問題はない。
そもそも外出自粛要請は一切外に出るなという要請ではない。感染している人が紛れている恐れのある人混みを避けろ、というのがその趣旨である。散歩などは運動の為にも必要な行為である。また、4/5の投稿でも書いたが、散歩以外でも、1人でクルマに乗ってただただドライブしたり、周りに殆ど誰もいない場所を目的地にして缶コーヒー1本飲んで帰ってくるのような外出なら、感染してしまう危険性は殆どないし、万が一自分が無症状の感染者だったとしても、人と接触しなければ感染させる恐れも殆どない。そんな外出にまで目くじらを立てるのは、単に「けしからん」と言いたいだけ以外の何ものでもない。

 この自分のコメントに対して1件のリプライがあった。
そんな甘い認識では危ないですよ、問題ないなんて断言できません。ウイルス感染者が触れたものに菌がついてたりするんですよ。
と言われた。確かに「問題ない」なんて誰にも断言などできない。しかしそれは、日常生活の上で必要な一定程度の運動、つまり散歩だって同じで、その途中で気分転換の一環としてカメラを構えて写真を撮っても、運悪く感染してしまう確率に大差はないだろう。「ウイルス感染者が触れたものに菌がついてたりする」も、当然感染者が触れた直後に同じ物に触れば感染する危険性は高いだろうが、そもそも人との接触を出来るだけ避けていればそんなケースに遭遇する恐れは決して高くない。不用意に口や鼻などの粘膜を触らないように極力対策したり、帰宅時に入念に手を洗うなどの対策をとれば、大部分の懸念は除くことが出来る筈だ。
 そんなのは甘い考えだ、と個人的に認識し、一切外出しないという選択をとることは全く否定しない。どうぞご自由にして欲しい。しかしこの動画の趣旨は、そういう認識を他人に押し付けるのはよくない、ということだし、自分のコメントもそれを前提にしたものである。
 恐らくこのリプライをした人も不安で仕方がないのだろう。その不安を文字にして誰かにぶつけることで、ニュートラルに言えば不安の解消をしているのだろうし、厳しく言えば、他人を見下すことでストレス解消しているのだろう。またこの人に限らず、「自粛しないのは何事だ!」と言ってくる人も、不安が高まりその結果怒りのような形で発露させているのではないだろうか。


 こんなことを目の当たりにすると、間違いなく「緊急事態宣言」は人々に不安を与えるとしか思えない。緊急事態が宣言されれば、更に「自粛しないのはけしからん」と言いだす人が増えるだろうし、「感染したのは考えが甘いからだ」などと感染者を罵倒する人が今ですらいるのだから、そんな人が更に増えるのではないか。
 しかし昨日の投稿でも書いたように、今日宣言されると言われている緊急事態宣言がなされても、昨日までと何かが大きく変わるという事はない。つまり、緊急事態宣言がされることで不安はより高まるだろうが、それを相殺するだけの要素が全く見当たらない。緊急事態宣言は不安を煽ることになるだけではないのか?という不安しかない。不安が不安を更に呼ぶような状況を作るのは無意味などころか寧ろ有害だ。

 政府や都は緊急事態宣言に伴う補償や支援について数日前から言及し始めたが、どれも未だ検討とか方針の段階であり、具体的にいつ制度が動くのかもよく分からないし、どのような補償や支援がされるのか、誰が対象になるのかもよく分からない。緊急事態宣言をするなら、そのようなことを具体的に示してからの方がよいのではないだろうか。

「移動を避けて」緊急事態宣言に先立ち専門家ら提案


 今の政府は、桜を見る会問題への対応、そしてそれ以前も度重なる改竄隠蔽事案など、新型コロナウイルスの感染拡大以前から、また専門家委員会とやらもこの2ヶ月間、おかしなことを言ったりやったりしてきたし、示した見解の矛盾や間違いを認めてこなかった。また、これまでこのブログで指摘し続けてきたように、政府や都のやることにはいちいち、1から10までと言っても過言では程に「妥当性が低い」「見当違いも甚だしい」というような批判の声が上がり続けてきた。つまり、緊急事態宣言に関する検討が大詰めだと報じられているが、馬鹿の考え休むに似たり、という感しかない。この状況でそれは致命的だ。


 トップ画像は、Photo by Derek Story on Unsplash を加工して使用した。

このブログの人気の投稿

話が違うじゃないか

 西麻布に Space Lab Yellow というナイトクラブがあった。 一昨日の投稿 でも触れたように、日本のダンスミュージックシーン、特にテクノやハウス界隈では、間違いなく最も重要なクラブの一つである。自分が初めて遊びに行ったクラブもこのイエローで、多分六本木/西麻布界隈に足を踏み入れたのもそれが初めてだったと思う。

マンガの中より酷い現実

 ヤングマガジンは、世界的にも人気が高く、2000年代以降確立したドリフト文化の形成に大きく寄与した頭文字Dや、湾岸ミッドナイト、シャコタンブギなど、自動車をテーマにしたマンガを多く輩出してきた。2017年からは、頭文字Dの続編とも言うべき作品・MFゴーストを連載している( MFゴースト - Wikipedia )。

読書と朗読を聞くことの違い

 「 本の内容を音声で聞かせてくれる「オーディオブック」は読書の代わりになり得るのか? 」という記事をGigazineが掲載した。Time(アメリカ版)の記事を翻訳・要約した記事で、ペンシルベニア・ブルームスバーグ大学のベス ロゴウスキさんの研究と、バージニア大学のダニエル ウィリンガムさんの研究に関する話である。記事の冒頭でも説明されているようにアメリカでは車移動が多く、運転中に本を読むことは出来ないので、書籍を朗読した音声・オーディオブックを利用する人が多くいる。これがこの話の前提になっているようだ。  記事ではそれらの研究を前提に、いくつかの側面からオーディオブックと読書の違いについて検証しているが、「 仕事や勉強のためではなく「単なる娯楽」としてオーディオブックを利用するのであれば、単に物語を楽しむだけであれば、 」という条件付きながら、「 オーディオブックと読書の間にはわずかな違いしかない 」としている。

あんたは市長になるよ

 うんざりすることがあまりにも多い時、面白い映画は気分転換のよいきっかけになる。先週はあまりにもがっかりさせられることばかりだったので、昨日は事前に食料を買い込んで家に籠って映画に浸ることにした。マンガを全巻一気読みするように バックトゥザフューチャー3作を続けて鑑賞 した。

敵より怖いバカな大将多くして船山を上る

 1912年に氷山に衝突して沈没したタイタニックはとても有名だ。これに因んだ映画だけでもかなり多くの本数が製作されている。ドキュメンタリー番組でもしばしば取り上げられる。中でも有名なのは、やはり1997年に公開された、ジェームズ キャメロン監督・レオナルド ディカプリオ主演の映画だろう。